映画産業に新たな波
音楽再生メディアがレコードからCD、家庭で楽しむ映像がビデオからLD、DVD、ブルーレイへと変わってきたように、映画産業にも大きな変化の波が押し寄せている。デジタル技術を用いて映画を撮影、編集、上映するデジタルシネマがそれで、ここ10年で長足の進歩を遂げている。フィルムで撮影し、その後の過程をデジタルで処理する作品も含め、多くの映画にデジタル技術が使われ、もはやデジタルを抜きにして語れない時代になったといっても過言ではない。フィルムを使わない
フィルムをまったく使わないデジタルシネマは、1998年10月の「ジャージー・デビル・プロジェクト」が第1号で、DLPで上映された。DLPとはテキサス・インストルメンツが推進する上映方式デジタル・ライト・プロセッシングのことで、画面解像度は横1280×縦1024画素。フルハイビジョンTVが1920×1080画素だから、高精細とは言いがたい。しかし、その後の技術革新は目覚ましく、ソニーとパナビジョンが共同開発したHDカメラを4カ月にわたってテストしたジョージ・ルーカス監督は、巨大スクリーンでもフィルムに劣らないと判断し、このカメラで「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」(2002年)を撮影。さらに衛星回線を使ってのデジタル上映も試み、デジタルシネマの普及に大いに貢献することになった。デジタルシネマの世界標準
世界各地にデジタル上映機を備えた映画館が次々に建てられ、MPAA(アメリカ映画協会)の調査では、07年末までに全世界で6455スクリーンがデジタル化、そのうちアメリカが72%を占めている。日本では、2000年8月に(株)ティ・ジョイが東広島にオープンしたシネコンを皮切りに、現在では130以上のスクリーンでデジタル上映が行われている。05年には、ハリウッドのメジャー・スタジオがデジタルシネマの規格DCI(Digital Cinema Initiatives)を策定、事実上これが世界標準となっている。現在は2Kと呼ばれる映像規格(横2048×縦1080画素)が主流だが、07年からソニーが4K(横4096×縦2160画素)用のシネアルタ・システムを売り出し、ますます高画質になってきている。08年10月に封切られたウィル・スミス主演のSF映画「ハンコック」は、東京・丸の内ピカデリーに4K映写機を設置しての特別興行も行われた。メリットはコスト削減
フィルム上映では2台の映写機を同調させ、1台目のリールが終わりそうになると、もう1台の映写機を動かして、中断することなく映画を上映する仕組みで、熟練した映写技術が必要だった。最近では一つのリールにまとめて1台でまかなっているが、それでも技師の仕事は忙しい。デジタルでは、データをディスクに記録して、各スクリーンに設置されたサーバーにインプットし、コンピューター制御されたプロジェクターから映像が映写される。サーバーのボタンを押すだけだから、さほどの技術を要せず、アルバイトでもOKだ。劇場での人件費削減が図られるし、素材運搬のコスト、手間ひまもディスクの方がずっと格安だ。(株)ティ・ジョイ興行部の野上剛英氏は、デジタルの長所について「コスト削減、クオリティーの良さ、非映画コンテンツの上映」を挙げている。製作から上映までのさまざまな過程でコストが安くなるうえ、上映のたびに画質が劣化するフィルムと異なり、デジタルの場合はデータになっているので、クオリティーを保つことができる。またソニーマーケティングの楢原浩一氏は「透かしを入れることで、どこで上映されたものか追跡できるので海賊版防止にも役立つ。現像焼き付けの溶剤が不要なので、環境にもやさしい」と指摘。
非映画コンテンツが楽しめる
映画だけでなく、非映画コンテンツも上映することで、現場に行かれない人々も演劇、ミュージカル、コンサート、スポーツが楽しめる。(株)ティ・ジョイと(株)ヴィレッジでは≪ゲキ×シネ≫と銘打って、04年秋に劇団☆新感線の舞台「髑髏城の七人~アカドクロ」のデジタル映像を上映し、現在までに5作を配給し、累積観客数は15万人にのぼるという。松竹も「シネマ歌舞伎」と銘打ち、05年の「野田版 鼠小僧」を皮切りに、「連獅子」「らくだ」といった歌舞伎やニューヨーク・メトロポリタンオペラの舞台公演を上映している。ソニーも負けじと、08年5月に新ブランドLivespireを設立して、「メトロに乗って」や「UKオペラ」を公開。
デジタル上映のデメリット
デメリットとしては映写設備に費用がかかる(15万ドルほどで、日本では1500万円くらい。寿命がつきる前に性能が陳腐化する可能性もある)。デジタルデータの保存もフィルムよりコストがかかる(4Kではフィルムのマスターテープ保管コストの11倍)。光学ディスクであれ、磁気ハードドライブであれ、フィルムのように100年以上も適切に保管、維持していけるかどうかはわかっていない。しかし、こうした問題点も技術の進歩によりいずれ解決されていくだろう。「通信衛星、NTTの回線を使ってライブの上映実験も行われているし、09年以降デジタル3D作品が増える傾向にある」と前述の楢原氏は言う。ハリウッドが旗振り役を務めている以上、映画のデジタル化が加速度的に普及することは確実のようだ。
シネコン
cinema complex
複数のスクリーンを設置して複数の映画を同時に上映するシステム。シネマコンプレックスの略。マルチプレックス(multiplex)と呼ばれることもあり、16スクリーン以上のものはメガプレックス(megaplex)と呼ばれている。同一所在地に名称の統一性(1、2、3やA、B、C等)を持って運営されている。日本では1993年4月に神奈川県海老名市にオープンしたものが最初。