増殖する「よさこい」イベント
各地のイベントで、「よさこい」と称して派手に踊りまわる集団を見かけることが少なくない。鳴子と呼ばれる木製の鳴り物を両手に持ち、大音量で流す曲に合わせ、グループで創作ダンスを披露する。「よさこい」とは、集団による、このような「鳴子踊り」の競演イベントを一般に指すが、そこで披露される踊りや、踊りのグループも「よさこい」と呼ばれる場合が多い。現在、よさこい系イベントの開催地は、私の推定で全国800カ所。1954年に高知で始まり、92年に札幌で模倣されて、特に90年代後半以降、驚くほど増殖している。なぜ、「よさこい」が、はやるのか?南国土佐のカーニバル
よさこいは高知の発祥。第二次世界大戦後、商店街活性化のために始まったイベント祭りだ。81年以降、民謡をアレンジしたテーマソングを曲の一部に含み、両手に鳴子を持ちさえすれば、振り付け、衣装、音楽など、すべて自由となった。民謡調から、ロック、サンバ、ヒップホップ、ユーロビート、何でもあり。音源を積んだトラック(地方車〈じかたしゃ〉)が流す大音響とともに、キッチュな一団が次々と、キラキラした演舞を披露しながら、ストリートを駆け抜けてゆく。踊り子約2万人、観客約100万人以上を動員する、自由民権の故郷、南国土佐のカーニバルである。学生が始めたYOSAKOIソーラン
これを応用したYOSAKOIソーラン祭りが、札幌で始まったのは92年。当時、北海道大学の学生だった長谷川岳(がく)を中心に、大学生たちが手探りで立ち上げた。「街は舞台だ」を合言葉に、曲の一部にソーラン節を含め、鳴子を持ち、1ステージ4分30秒以内の演舞を競い合う。若者たちの行動力と情熱は花開き、YOSAKOIソーラン祭りは成功、踊り子約4万人、観客動員約200万人以上の、道内最大のイベントに成長した。大学生のイベント、若者主導の祭りという好イメージも生み出した。埼玉県朝霞市の彩夏祭でも94年、札幌同様、高知の祭りを取り入れようと、よさこいが始まる(関八州よさこいフェスタ)が、90年代後半からの、全国規模で増殖する、よさこい系イベントの大部分は、札幌の影響を受けたものだ。「にっぽんど真ん中祭り」(名古屋市)、「YOSAKOIさせぼ祭り」(佐世保市)、「ちばYOSAKOI」(千葉市)など。その多くは、地元の商工会や自治体の有志が、地域活性化の目玉として始めたものだ。東京を経由しない地方から地方への連携も、東京一極集中の終焉(しゅうえん)、地方の時代の到来を予感させて興味深いが、なぜこの時期に、よさこいなのだろう?
安上がりな市民参加型イベント
まず、地域の政治経済の文脈で説明しよう。90年代初頭のバブル経済崩壊後、豪華なハコモノを建てる地域活性化策は頓挫する。安上がりで、市民参加型のイベントを、各地のリーダーたちは模索した。そこで出会ったのが、YOSAKOIソーラン祭りだった。会場は、道路か公園を活用すれば良い。また、地域住民の意識をまとめる上で、参加型のイベントは欠かせない。平成の大合併で誕生した山梨県南アルプス市は2008年、新しい市民祭に、よさこいを取り入れた。「南アルプスよさこい祭り」の共通の踊りでは、親しみやすい振り付けだけでなく、市民意識を統合すべく、新市域の特色を歌い上げている。緩やかなネットワーク
次に、地域社会の文脈で説明しよう。血縁、地縁という旧来型のネットワークは弱くなった。また職場・学校のような所与のネットワーク(社縁=結社縁)も、魅力が減った。高度経済成長期には、職場での慰安旅行や、社員家族総出の運動会が盛んだったが、すべて消え去った。その代わり、お互いを拘束しない、緩やかなネットワークが求められる時代となった。よさこいチームの大部分は、同好会で、趣味のサークル活動だ。また集団で踊るので、恥ずかしい思いをすることなく、自己顕示欲を満足させられる。地域色豊かなテーマソング
さらに、地域文化の文脈で説明しよう。各地のよさこい系イベントでは、総踊り曲と呼ばれるテーマソングがある。札幌YOSAKOIソーラン祭りの「ソーラン節」、横浜のハマこい踊りの「赤い靴」、というような、旧来からあった曲はもちろん、各地のよさこいイベントでは、開催地の特色を織り込んだ曲や、それをイメージした振り付けを含む踊りが作られる。流動性の高い“祭”
最後に、社会集団の視点から説明しよう。メンバーシップの流動性が高い。チームの多くは毎年、新しい踊りを披露する。振り付け、曲、衣装、すべて一から創作する。ただ、創作と言っても、大多数のチームは、プロの振り付け師、作曲家、衣装デザイナーに外注する。メンバー個々人は「今年の振り付けや衣装は気に入っているが、次の年のものは、自分の嗜好に合わない」という場合だってありうる。その場合、近隣の別のチームに、気軽に移籍すればいいのである。また、毎年、踊りが変わるということは、年季が入った長老格の存在はありえない。全員が一から、新しく創作したダンスを習得する。旧来の祭りの踊りでは、年配者が新入りの上に君臨するが、よさこいでは、キャリアの差などない。踊りの実力次第で、チームのトップで踊ることができる。伝統的な踊りに比べ、若者たちにとって、魅力的なのである。
社会教育としてのよさこい
メンバーは、よさこいの活動を通して、地元を見直す良い機会を持つ。個々のチームが創作する踊りには、地元の民謡や踊りが採用される場合が少なくない。例えば私が属する千葉県・船橋市のチーム「REDA舞神楽」では、2008、09年と地元の伝統芸能「ばか面踊り」を、その年の踊りに取り入れた。むろん、千葉県内の民謡、たとえば、「銚子大漁節」や「白浜音頭」などを、年により採用する。地元の民謡などにまったく関心がなかったメンバーが、自主的に地域の歴史や文化を学び、取り入れる工夫をする。ある意味、自発的な社会教育である。しかも、老若男女、様々な世代が、プライベートに深く踏み込むことなく、交流する場を提供するのも、よさこいチームの特色である。わずかな約束事と、大部分の自由さ、適度の連帯感、一体感、地域との緩やかなつながり、そして手軽な自己表現の場…。よさこいは、現代社会のニーズを一手に担っている。