「ツーキニスト」世にはびこる
確かに自転車ブームは来たのだろう。現実として、都心の自転車は目に見えて増えた。メッセンジャー(自転車便)の増加もあるが、家から会社まで直接自転車で通勤する「自転車ツーキニスト」が増えたのも大きい。
私が最初に「自転車通勤で行こう」という本を書いたのが、今からちょうど10年前の1999年のこと。その頃は都心を走っていても、自転車ツーキニストはおろか、自転車に乗っている人自体、滅多に見なかった。
それが変わった。「自転車通勤はオススメだ」と言い続けてきた私にとって、現在の都心の光景は、本当に感無量なのだ。
この10年間に何が起きたのか。実は今日の自転車ブームには、3つの波があると思う。
最初のきっかけは「京都議定書」
自転車ブームを牽引した1つ目の波は、もちろん「エコ」である。特に日本の場合、1999年の「京都議定書」があった。日本発の二酸化炭素削減案。この追い風を受けて自転車は俄然、注目を浴びた。ただ、エコが直接自転車の台数を増やしたかというと、必ずしもそうではない。自転車通勤を始めた人の一部にとっては、ある種の契機にはなったかもしれないが、それが続いた理由は「満員電車が厭だから」「通勤費を浮かすため」など、別のところにあったと言えよう。エコはあくまでスローガンであり、スローガンでは腹は膨れないからだ。
いや、膨れた腹は戻らないからだ。
そう、実は自転車ブームを牽引した2つ目のきっかけは、この膨れた腹にある。いわゆるメタボ=「腹囲85cm以上」という非常にわかりやすい基準こそが、自転車ブームに直結したのだ。
おなか周りへ、そして懐へ
アンチメタボキャンペーンは、昨今の官製ブームの中で最も成功したものの1つといえよう。医療費削減のため、厚生労働省の旗振りで、新聞、テレビが連日のように「メタボは糖尿に結びつきます、動脈硬化になります」と脅迫した。これが効いた。そうでなくとも腹周りが気になり始めていたオヤジさんたちが、こぞって選んだのが自転車だったのだ。
最もカロリーを効率的に燃やし、関節への負担も軽い有酸素運動。まさに自転車こそが理想である。これが自転車ブーム第2の波だ。これはデカかった。エコと違って自転車が直接的に身体に効くところもよかったし、注目した人々が中高年世代であることもよかった。なぜなら今回のブームの中心にいる中高年世代は、自らの少年時代がそのままサイクリングブームと重なっているからだ。
いったん自転車に親しむと、彼らは二度と満員電車には戻らない。自転車のほうがはるかに速くて快適だからだ。これが首都圏、近畿圏でいち早く自転車ブームがやってきた理由だ。少年時代に馴染みがあるから、彼らはドロップハンドルに抵抗がなかった。中にはアマチュアレースにエントリーするような人も出てくる。そうした人々が、現在の自転車ブームを支えている。
そして、3つ目にやってきたのが原油高だった。ガソリン代、すなわち「お金」というものは、「スローガン」はもとより「健康」なんてことより、さらに生活実感に直結する。特に地方に関しては、毎日のクルマ利用を週に数日、自転車に置き換えるだけで、かなりの節約が期待できた。ここにおいて、自転車ブームは全国的なものとなったのである。
真の「自転車活用時代」へ
若者文化の変容も、この動きに大いに関わっている。欧米のエコ志向、ロハス志向が「自転車はクールである」という考え方を生み、これが「オルナタティブ・カルチャー」の名をまとって日本に渡ってきた。昨今ブームになっている固定ギア自転車「ピスト」などもその1つである。本来、彼らの世代の必須アイテムといえばクルマだったはずだ。ところが、彼らはもうクルマにさほどの興味がないように見える。クルマがなくても日常の都市生活は用が足りるし、それよりも、クルマが吐き出す二酸化炭素(環境破壊の要因だ!)、不経済(東京23区の駐車場代は高すぎる!)、渋滞&運動不足の弊害のほうが大きかったからだ。何よりクルマは田舎くさい。
対する自転車はその正反対だ。クールで、環境にいいし、健康にいい(ダイエットに効く)。さらには経済的でもあるし、街が身近になる。都会で過ごす人に、季節感を教えてくれる。長期的な目で見ると、渋滞も減らすし、交通事故も減らす。
環境に、医療費削減に、渋滞緩和……。考えてみれば、これは現代の日本、そして世界がいちばん必要としているモノではないか。ヨーロッパ各国に次いでアメリカや韓国が自転車政策に大きくシフトしたのは、決して偶然ではないのだ。ついでに言うなら、自転車の有用性を認識していない先進国は、もはや日本だけだと言ってもいいだろう。
私に言わせると、自転車はブームなどというものでは絶対に終わらない。中国やインドが今のままのスピードで発展する限り、原油価格は再び高騰するだろうし、環境へのインパクトは強まるばかりだ。いずれ都市交通というものは、自転車なくしては成り立たない時代が必ずやってくる。
現在は「自転車ブーム」ではない。真の「自転車活用時代」への入り口なのである。