世紀末的な「現実社会」こそが背景
ゾンビ映画が世界的に根強い人気を集め続けている。死者がよみがえり、生きた人間を襲ってその人肉を食うという世紀末的世界を舞台に、生き残った人間たちが過酷なサバイバルを繰り広げるという設定はどの作品もほぼ同じなのだが、なぜか飽きられることなくその人気は近年さらに高まっている。
その背景にあるのは、現実社会におけるゾンビ映画的な世紀末化である。経済危機や広がる格差、政府の無策によって増大する先行きの不安、AIDSにエボラ出血熱、SARSや鳥インフルエンザなど、人類を襲う未知の病気やウィルス、我々の生活は日々ゾンビ映画と同じサバイバルと化し、人類滅亡は決して絵空事ではないリアルな悪夢となっている。
そもそもゾンビ映画は一般的にはホラーにカテゴライズされるが、それはただ視覚的な恐怖を楽しむだけの単なるホラー映画ではない。よみがえった死者=“ゾンビ”は、“吸血鬼”や“悪魔”“悪霊”といった宗教的観念をベースにした超自然的な存在とも、“巨大生物”や様々な空想上のモンスターとも、“殺人鬼”や“マッド・サイエンティスト”などの異常犯罪とも異質の、極めて特異なキャラクターである。人間の姿のまま、意思やコミュニケーション能力を失って町を彷徨し、欲望の赴くままに生きた人間の肉を食うゾンビは、何も考えずに生きている多くの現代人そのものであり、ゾンビ映画が描く世界は、まさに弱肉強食の生存競争を強いられる現代社会のメタファーだ。そのリアルな社会派的側面が、ゾンビ映画に他のホラーとは別次元の見応えを与え、根強い人気の要因となっている。
“ゾンビ”とはもともと、中米のハイチなどで信仰されているブードゥー教の呪術的儀式によってよみがえった死者のことをいい、「恐怖城」(1932年)や「吸血ゾンビ」(66年)など、かつては映画におけるゾンビもブードゥー教に関連したものがほとんどで、人肉を食べたりはしなかった。
「死者がよみがえった原因は説明されない」「よみがえった死者が生きた人間を襲ってその肉を食う」「かまれた人間にも症状が伝染する」「頭部を完全破壊しなければ死なない」など、現在のゾンビ映画における基本的な約束事を確立させたのは、「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」(68年)に始まるジョージ・A・ロメロ監督の“リビングデッド”シリーズである。このシリーズが何より画期的だったのは、“霊魂の不在”と“宗教の無力”という究極の恐怖を堂々と描き切ったことにある。この映画の世界には、神も仏も、悪魔も幽霊も存在しない。その徹底的な救いのなさによって、人間が身一つでサバイバルを繰り広げなければならない殺伐とした現代社会を見事に描き切ることに成功したのである。
大きな影響を与えた“リビングデッド”シリーズ
「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は、黒人による公民権運動の激化という社会背景をバックに、黒人ヒーローを主人公にして多分に社会派色のあるカルトムービーとして人気を得た。しかし、今もゾンビ映画の歴史や現在のゾンビ映画人気の中心にあり、後の作品やクリエイターたちに最も大きな影響を与えたのは、79年に製作された“リビングデッド”シリーズ第2弾にして最高傑作「ゾンビ」だった。ゾンビ映画がなぜ、他のホラー映画と一線を画し、これほどまでに根強い人気があるのか。その秘密はこの「ゾンビ」の持つ、とてつもないインパクトと映画的完成度にある。「ゾンビ」は、ある日突然死者がよみがえって人間を襲い、世界が大混乱に陥る中、4人の主人公がヘリコプターで危険地帯を脱出し、やがて郊外のショッピング・センターを見つけて立てこもり、安全で物資も豊富な楽園を築くが、やがて略奪者たちが現れて戦争がはじまるという物語。
ベトナム戦争帰りの特殊メイク・アーチスト、トム・サビーニの手によるおぞましくもリアルな残酷描写が全編に散りばめられた、視覚的にも衝撃度の強い作品で、主人公たちが様々な困難を乗り越える姿をゲーム感覚の小気味よいアクション活劇として描いた演出も抜群だった。だが、この映画が多くの観客に強烈なインパクトを与えた最大の要因は、そこに描かれていた消費文明への痛烈な風刺、ゾンビよりも恐ろしい、人間の持つ醜い欲望や先の見えない未来への不安など、映画の持つ社会派的性格にあった。映画のラスト、燃料がわずかしか残っていないヘリコプターで、操縦を覚えたばかりの妊婦と黒人の元SWAT(警察特殊部隊)隊員がまだ薄暗い夜明けの空へ飛び立っていく。従来の映画ではヒーローとして描かれることの無かった彼らが、自立し、ポジティブな勇気を持って決して明るくはない未来へと飛び立つ姿は感動的だったし、それはものの見事に、資源が枯渇しつつある世界の中で、女性とマイノリティーの時代が到来することを予見していた。
世界中にあふれ出す「ゾンビ映画」
つまり、ジョージ・A・ロメロは“リビングデッド”シリーズによって、ゾンビ映画を現代社会を描く道具(手法)として確立させたのである。その結果、数多くの映像作家たちがその手法を尊重し、ときにオマージュを捧げ、ときにパロディー化し、ときには完全に模倣しながら、世界中にゾンビ映画があふれることになった。また、その影響は映画だけにとどまらず、小説や漫画、舞台へと伝播し、さらにその強烈な視覚的インパクトやゲーム性は、別ジャンルのクリエイターたちの創作意欲をも刺激し、「バイオハザード」「ハウス・オブ・ザ・デッド」など数多くのシューティング・ゲームが誕生し、それらのゲームの多くも映画化されることになった。日本では、今年(2010年)4月に発売された「ゾンビ 新世紀完全版DVD-BOX」(発売元:株式会社スティングレイ)が2万3100円という高価格にもかかわらず好セールスを記録。さらに、この夏公開されたジョージ・A・ロメロの“リビングデッド”シリーズ最新作「サバイバル・オブ・ザ・デッド」、ハリウッド製ゾンビ・コメディー「ゾンビランド」もスマッシュヒットとなり、9月4日からは3D版ゾンビ・アクション「バイオハザードⅣ アフターライフ」が世界先行公開される。また、ブラッド・ピットが主演するベストセラー小説の映画化「ワールド・ウォーZ」、TVシリーズ「ウォーキング・デッド」といった超大作から、製作費7000円のイギリス製低予算映画「コリン」まで、世界各国で大小様々なゾンビ映画が、それこそ無数に製作されている。
現代社会の先行きが不透明であり続ける限り、ゾンビ映画の人気は当分衰えそうもない。
「ゾンビ(DAWN OF THE DEAD)」
1978年/アメリカ
監督/ジョージ・A・ロメロ
ゾンビの恐怖、人間の醜さ、悲惨な状況の中で前向きに生き抜くポジティブなエネルギー…、とにかく、これを見なければ始まらないゾンビ映画の最高傑作にして金字塔的作品。
「ゾンビランド(ZOMBIELAND)」
2009年/アメリカ
監督/ルーベン・フライシャー
ゾンビが氾濫する世紀末を遊園地感覚で楽しみながらサバイバルを続ける主人公たちの姿を軽快に描いたゾンビ映画のパロディー・コメディー。3Dによる続編も製作中。2010年9月現在、全国順次公開中。