本格LCC時代到来か
2010年12月9日、格安航空会社(LCC ; low cost carrier)のアジア最大手、「エアアジア」(マレーシア)の長距離路線「エアアジアX」が羽田空港に就航した。これに先立つ同年7月には、中国の春秋航空がチャーター便を茨城空港に就航させている。前者は羽田~クアラルンプール片道5000円、後者は茨城~上海片道4000円という驚異的なキャンペーン価格を掲げ、熱い注目を集めた。この2社以前にも、日本にはジェットスター航空など4つの海外LCCが乗り入れていたが、地方空港が多く、広く知られてはいなかった。徹底したコストカットと効率化、サービスの有料化などによる「価格破壊」というLCCのビジネスモデルは、2010年現在北米で約30%、EUで約40%のシェアを獲得するに至っている。これに比して日本を含む北東アジアは、5%以下と立ち遅れていたが、いよいよ本格的なLCC時代に突入しそうな気配だ。
今後も春秋航空が11年3月から上海~高松便への参入を開始、同じ上海を基地とする吉祥航空も、11年の早い時期に上海~新千歳便を開始する。すでにマニラ~関空便を持つフィリピンのセブパシフィックも、成田への参入が濃厚だ。韓国のイースタージェットも11年3月から新千歳に参入予定で、同じ韓国のジンエアは、佐賀および新千歳のチャーター便を開始している。
日本の航空運賃はなぜ高い?
具体的には後述するが、日本でもこれを迎え撃つ動きはある。しかし、日本には航空会社の努力だけでは簡単にコストが下がらない特殊事情がある。航空・空港行政の壁である。国内線の運航に限れば、航行援助施設利用料などの「公租公課」が経費の約20%を占め(アメリカは3%弱)、そのうち着陸料は世界平均の3倍、日本とアメリカのみで徴収される航空燃料税は、日本では1キロリットル当たり2万6000円(アメリカの20倍以上)にも上り、この2つだけですでに公租公課の半分に当たる10%近くに達する。さらに燃料代も約20%かかるので、これだけでもう40%になる。加えて空港カウンターなどの利用料金も高い。また新規参入航空会社(以下新規)は、重整備(分解点検)など自社でできない業務の外部委託を余儀なくされるが、欧米と異なり大手航空会社の系列ばかりで安い委託先が乏しい。また人件費が高く、外国人パイロットを日本で雇用する場合の追加訓練や各種マニュアル類の日本語化など、特殊な航空環境もコスト高の要因だ。結果、日本の国内線の運航コストは既存社、新規にかかわらずエアアジアの4倍以上にもなってしまう。
国内交通大再編
一方国内のライバルとなる新幹線は、10年12月には東北新幹線が東京~新青森間全線開通。11年3月には九州新幹線の鹿児島ルートが全線開通し、新大阪~鹿児島中央間が乗り換えなしで結ばれる。「4時間の壁」という言葉があるように、航空と新幹線の選択は、新幹線の乗車時間が4時間を超えるかどうかが分岐点とされる。現在の東京~青森間は、乗り換えで約4時間かかるが、全線開通により3時間20分に短縮されるため、現状5割強を占める新幹線のシェアは急増すると予想される。また5時間近くかかる大阪~鹿児島間も4時間を切ることになり、現在9割近くを誇る航空シェアが、大逆転される可能性も出てきた。さらに空港から市内へのアクセスも影響する。新幹線の優位点は何と言っても利便性の高い都市中心部で乗降が可能なことだ。またレール上は1社だけが運行し、独占的な市場を維持できることも利点だ。これでリニア高速鉄道が導入されたら、鉄道の優位はますます動かないようにも見える。実際に海外でも、台湾の台北~高雄路線や、韓国のソウル~釜山路線など、かつてのドル箱路線が高速鉄道に取って代わられる例が増えている。
しかしこのような路線でも、もしLCCが前述のキャンペーン価格のような激安運賃で参入すればどうだろう。多少の不便さも許容できる価格になれば、「4時間の壁」は「3時間の壁」に変わるかもしれない。複数社の参入により価格競争が起これば、これを知らない1社独占の新幹線は苦戦するはずだ。また新幹線と競合しない市場に参入すれば、航空需要が大幅に喚起される可能性も秘めている。国内航空が撤退した不採算路線などでも、LCCのビジネスモデルなら採算が取れるものもあるだろう。
相次ぐ外国LCC勢の攻勢に対し、国内線はどう立ち向かうのか。実は00年2月、すでに国内線の航空運賃や路線の規制撤廃は行われているのだ。しかし発着枠不足などさまざまな制約により、新規の参入はこれまで低調だった。だが、ここへ来て行政もようやく重い腰を上げ、10年6月、「成長戦略会議」の提言を受けて策定された「国土交通省戦略集2010」において、LCC参入促進が航空分野の優先項目の一つに掲げられた。
この流れを受けて、全日空は外資と共同出資でLCC子会社を立ち上げ、関西空港を基地として11年中に国内・国際線運航を開始する。またスカイマークもビジネスモデルをさらにLCC的に先鋭化させながら、規模拡大を図る計画だ。一方成田空港ではLCC専用ターミナルビルの建設計画が進んでいる。こうして本格LCC時代に突入すれば、近い将来新幹線を含む国内交通事情は、一気に大再編に突入するかもしれない。いずれにせよ、選択肢が増えるのは利用客にとって望ましいのは間違いない。