かつてはごく一般的だった混浴
もともと日本人は老いも若きも、男も女も、和やかに温泉に入っていた。1300年前に記された「風土記」などでも、男女で一つの温泉に入る様子が描かれている。温泉地もそうだし、何度となく混浴禁止令は出ていたが、江戸時代の銭湯でも混浴だった。混浴は英語で「ミックスバッシング(mix bathing)」と表現すると聞いたことがある。日本人の「ミックスバッシング」を野蛮だと評した外国人たちもいた。欧米列強に倣えとばかりに、混浴という独自の習慣を国が積極的に排除していったのは明治時代から。日本の近代化とともに、外国人の目に野蛮と映った混浴はなくなっていき、今では男女別の風呂が一般的になった。
しかし、ここ数年、また混浴が盛り上がっている。わたしが混浴温泉めぐりをライフワークにしたのは1997年の暮れ。この14年間にわたる経験から、混浴ブームの流れをたどってみようと思う。
熟年層に混じって“混浴デビュー”
97年の暮れ、わたしが大人になってはじめて入った混浴温泉は、秋田県仙北市田沢湖の「鶴の湯温泉」だった。「鶴の湯」の広い露天風呂も、白濁した湯も、湯けむりも、女性がはじめて混浴にチャレンジするには絶好の湯とロケーション。しかし、最も入りやすいお風呂にもかかわらず、わたしは女性専用の露天風呂から混浴露天につながる木製の引き戸が開けられずにいた。その時、熟年の女性が「混浴の方が広くて気持ちがいいわよ、ついていらっしゃい」と声をかけてくださったおかげで、その方の背中に隠れるようにして混浴デビューを果たしたのだ。
湯船には若い女性などいない。女性のほとんどは熟年の方々、男性も熟年の方が多かった。当時は「秘湯ブーム」真っ盛りということもあっただろうが、「日本秘湯を守る会」が企画した“10個集めたら1泊無料で宿泊できる”というスタンプをためる熟年の旅人が多く、そんな層と同じく、この時の混浴温泉は熟年のものだった。
女子が主導権を握る混浴!?
若者が混浴に入るようになったきっかけは、「客室付き露天風呂ブーム」からのように思う。「温泉デートのときに一緒にお風呂に入りたい、けれども、はやりの客室付き露天は宿泊料金が高い」と考えた結果、「それなら広い露天風呂がある混浴に入ろうか」となった。そんないきさつを混浴で出会った若いカップルからよく聞いたものだ。これが2000年代の前半ごろ。そうして、混浴温泉の空気が一変してゆく。最近の混浴温泉は、女性が主導権を握る。近頃は元気で好奇心旺盛な女性が増えた。開放的なロケーションと湯の素晴らしさがそろえば、女性はゆく。また、こうした流れを受けて、混浴がある宿も混浴で体を隠すための「湯あみ着」やタオルを販売・貸し出すなど、以前に増して女性が入りやすい環境作りに熱心になってきた。
旅レポーターもする温泉が大好きなある俳優さんに、「山崎さん、あんまり混浴が良いって言ってまわらないで。若い女の子が増えすぎて、僕なんて、この前恥ずかしくて入れなかったよ」と言われた。その俳優さんは少しコミカルな話題として笑いを含めて話されていたが、この会話をしたのが2010年のことだから、いまの混浴事情をよく表しているように思う。
裸で自然の懐に飛び込む爽快感
混浴温泉には湯の魅力もある。そもそも、混浴のお風呂は温泉地の一番古い源泉の上に湯船がある場合が多い。湯船の底から温泉がぷくぷくと湧き、出てきた瞬間の湯に浸かることができる。もうひとつの魅力はロケーションの良さだ。混浴温泉には2つのパターンがある。湯治場に昔からある混浴温泉がそのまま残っているもの。そして「野湯」と呼ばれる、脱衣所などもない、湯が湧くところに湯船がひとつというものだ。両方とも、野趣あふれるロケーションで、自然の懐に裸で飛び込める。
例えば、北海道や鹿児島にある海中温泉。湯に浸かりながら見上げると、大空には潮風にのって悠々と飛ぶカモメの姿が見えてきて、自分も両手を広げると湯のなかで飛んでいる気分になる。また、標高の高い山峡のいで湯や、山小屋などにある混浴のお風呂では、雲海や朝焼けを眺めながら入浴したこともある。
カモメと対面できる海中温泉にしても、朝焼けを眺めた山のいで湯にしても、服を着ているのと入浴しているのとでは全然違う。まさに、裸で自然の懐に飛び込める場所なのだ。
混浴温泉のマナーと楽しむポイント
といっても、混浴温泉は男女ともに裸の場所だ。初対面なのにお互い裸、この状況は男女ともに恥ずかしい。女性がされて恥ずかしいことは男性も恥ずかしいし、男性がされて恥ずかしいことは女性も恥ずかしい。だからこそ、男女ともに気持ちよく混浴を楽しむために、心がけてほしいことがある。まず、目があったら“こんにちは”とあいさつをすること。混浴とは入るときが一番緊張するもの。この“こんにちは”が、男女ともに緊張を和らげる魔法の言葉なのだ。
また、男女ともに、じろじろ見ないこと、それに互いに近づきすぎないことも大切だ。人が2人分入れるくらいの空間をあけるのが、いちばん気持ちのいいお風呂の距離だと思う。大切なのは、お互いに恥ずかしいというのを忘れないことだ。
わたしが男性への配慮を考えるようになったきっかけは、「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳(あつし)さんの言葉からだった。テレビ番組の撮影で、混浴温泉のマナーの指南役として男性に様々な注文をした。そんなわたしに、淳さんは、「あなたも、もっと俺ら男のことを考えてよ」と言ったのだ。
確かに、そうだ。男性も恥ずかしいのだということに気づかないわたしも愚かだった。互いに恥ずかしい空間であるからこそ、互いに気使いをすることがいちばん大切なのだ。