一般化する珍獣たち
“珍獣”と聞くと、ワオキツネザルやオオコウモリといった希少動物をイメージされる方が多いかもしれない。実際バブル期には絶滅しそうな希少動物を密輸し、ひそかにペットとして飼う“珍獣マニア”が結構いた。しかし近年ではそういうアブナイ動物はすっかり鳴りを潜め、誰でも簡単にちょっと変わった動物、すなわち珍獣を飼える時代になった。珍獣とはいわゆるエキゾチック・ペットの俗称。ペット動物のメーンストリームである犬と猫を除くすべての飼育動物のことだ。インターネットでは珍獣に関する情報が手軽に入手でき、ペットショップには合法的に繁殖された珍獣たちが売られている。一気にすそ野が広がった珍獣ブームのおかげで、ごくフツーのやさしそうな若い女性が、家に帰ればヘビやトカゲをかわいがっている。
私の病院にやってくる珍獣で一番多いのがウサギ。ウサギは別に珍しい動物ではないが、一般の獣医師にとっては犬猫に比べて臨床経験も知識も乏しい、十分“珍しい”動物なのだ。2011年はウサギ年で一気に関心が高まり、「鳴かない」「散歩が不要」ということで、犬猫に代わるペットの筆頭格となっている。
このほかカメ、ハムスター、フェレット、モモンガ、ハリネズミ、ヘビ、トカゲなどは珍獣界でも汎用化したペットと言えるだろう。一方で、比較的レアな珍獣としてはアリクイ、カワウソ、ミニブタ、ミニヤギ、カメレオン、カエル、ミーアキャット、ヤマネコ、ミミズク、サル、ワラビー、ウーパールーパー、ワニなど。これまでに診察した動物は100種を下らない。
トラブルの多くは飼い主の無知と管理ミスから
犬猫のようにメジャーなペットには多様なニーズに合ったペットフードが開発され、獣医師も経験豊富。飼育インフラが整っているので誰が飼っても失敗することはあまりない。ところが珍獣の場合、レアであればあるほど健全飼育へのハードルは高くなる。「先生、うちの子の元気がないんです」と最近はやりのフクロモモンガを連れて飼い主がやってきた。聞けば、餌として果物やナッツ類しか与えていなかったという。フクロモモンガは有袋類なので、昆虫などの動物性たんぱく質を摂取しないと病気になる。そこで餌用のコオロギの缶詰を見せて、「たまにはこんな昆虫も食べさせてあげなくてはいけませんよ」というと気味悪がって「無理!」と叫ぶ飼い主。…こんなやり取りは日常茶飯事だ。買えるから、かわいいからというだけの理由で、生態も飼い方も知らないまま買われた珍獣は、多くの場合栄養障害を引き起こして来院することになる。
珍獣の外傷の中でかなり多いのが骨折。特に小動物は骨が細く折れやすいので、飼い主の管理ミスが頻発する。踏んだり、ドアに挟んだり、あるいはちょっと握っただけで簡単に背骨が折れる動物もあるほどだ。小鳥やハムスターのような極小動物の骨折には髄内にピンを挿入するなどして治療する。
珍獣治療は孤高の修羅場
珍獣を飼う人が増えている中、日本の獣医学はそれに遠く追いついていない。このため現場の獣医師はゼロからデータを積み上げ、数少ない教科書や論文を世界中から探し、獣医学の基本知識を応用するしかない。自らの豊富な珍獣飼育経験を生かし、私も日々創意工夫とチャレンジ精神で治療に当たっている。たとえばサル類やプレーリードッグは身体能力と知能が高く、人を見て獣医師に触れられることを極端に嫌う個体が多い。このため診察するにあたり、ケージごと袋に入れて麻酔ガスで眠らせる。普通は全身麻酔に耐えられるかどうかを確認するために血液検査をするのだが、この場合段取りが逆になる。珍獣用の麻酔装置は市販されていないので、私の病院では動物の大きさ別に作った専用のオリジナル麻酔ボックスを用意している。金魚やウーパールーパーなどのエラ呼吸する生き物には、点滴の装置を改良して麻酔薬入りの水をエラに注ぐ装置を考案した。
私の病院に来る爬虫類の9割はカメ。縁日で売っている小さなミドリガメから60キロを超えるゾウガメまでいろんなカメがやってくる。マンションのベランダから転落したり、交通事故に遭って甲羅が割れたというケースは毎年数件。膀胱結石などの内臓疾患のため開腹手術をするケースは毎年40件に及ぶ。カメの手術法は過去40年間、決まったやり方があった。このやり方ではお腹側の甲羅を四角く切り取って内臓手術を行い、甲羅を戻したら切開部分に樹脂を塗って張り付ける。しかしこれでは元通りになるまでに1~5年もかかる上、半分近くのカメの甲羅が壊死するため予後が悪く、かねがね心を痛めていた。
そこで2年ほど前、私は甲羅を切り離さず1辺の筋肉を残して組織の再生を容易にする方法を思いついた。さらに甲羅を閉じた後樹脂でふさぐ代わりに四隅を丸く練ったパテで固定するという手術法を試してみた。結果は予想以上にうまく行き、2カ月ほどで甲羅は元通りになった。
パッチエポキシ法(PE法)と名付けたこの術式を学会で発表したところ大きな反響を呼び、今では世界のスタンダードになりつつある。私の次なる目標は、甲羅を切らずにカメの内臓手術をすることだ。ただし、高額な人間用の機械を使うのではなく、誰もが共有できるやり方を考えるのが私のモットーだ。
小さな命を守るとりでとして
珍獣とフツーのペットの違いは、飼い主の愛情に対する世間の共感の違いと言えるかもしれない。しかしアマガエルでもタランチュラでも、ペットに向ける飼い主の愛情は犬や猫の飼い主のそれと何ら変わるものではない。それは個人の価値観の領域で、他人がとやかく言えることでもない。以前、カエルツボカビというカビが海外でカエルの大量死を招いたことがある。このカビが5年前に日本でも見つかった際、そのカエルは私のところに来た“患者”だった。研究者はそのカエルを研究目的として提供を求めたが、飼い主がかわいがっているペットのカエルを差し出せるはずがなかった。「治してほしい」と来院した飼い主の願いに100%応えるのが獣医師としての私の仕事。まして私が断ったら他に引き受ける人がいないという状況の中、獣医として逃げないという姿勢は私の職業倫理でもある。