美しい秩序の裏に潜むもの
法と企業倫理の力が作用して、「美しい秩序」が生まれようとしている。ソーシャルゲーム業界のことである。DeNA、グリー、ミクシィ、サイバーエージェント、NHN Japan、ドワンゴ。以上6社が加盟する「ソーシャルゲームプラットフォーム連絡協議会」は、2012年6月22日、「ゲーム内表示等に関するガイドライン」「リアルマネートレード(RMT)対策ガイドライン」「コンプリートガチャ等に関する事例集」を策定し、公表した。専門用語が並んだが、上記の規制内容の基本精神は、フェアトレード(公正取引)と不正行為の防止である。結論を先に述べれば、ソーシャルゲーム業界は落ち着くべきところに落ち着いた。ここ数年のように超高収益を挙げ、急激な企業規模の拡大はなくても、今後は穏やかな稼ぎ方をして存続することになるだろう。
しかし、この美しい秩序形成の裏には「官」対「民」、「官」対「官」、虚々実々の攻防戦があった。たかがソーシャルゲーム業界のコンプガチャ規制問題。だが、そこには経済活動をする人間が背負う、原罪をテーマにしたかのような生ぐさいドラマがあった。事実と憶測が混じるなか、両者を混同させないよう注意深く解説を進めよう。
手のひらを返したマスメディア
ソーシャルゲームには「ガチャ」というしくみがある。コインを投入してハンドルを回すカプセル玩具は、俗に「ガチャ」「ガチャガチャ」と呼ばれる。その名を模してつけられた呼称だ。プレイヤーは欲しいものを必ず手に入れられるわけではない。求めている価値以上のものが得られる場合もあれば、逆の場合もある。くじ引きのようなものだ。くじ引きの連続。それが「コンプガチャ」だ。複数回の「ガチャ」が成功し、コンプリート(complete)=完成すると、特別な効果を持つカードやアイテムを獲得できる。12年のゴールデンウィーク中の5月5日、このしくみを「射幸心をあおり違法の疑いがある」「消費者庁、ソーシャルゲームのコンプガチャを規制へ」と、スクープ報道をしたのは読売新聞だった。追随して他のマスコミも一斉に報道した。テレビ報道では両手に携帯電話を握りしめ、月額100万円以上もソーシャルゲーム課金に費やしている人物をドキュメンタリータッチで紹介した例もあった。
ソーシャルゲーム、コンプガチャは悪の権化のように報道されたが、筆者はそこに日本のマスコミお得意の「手のひら返し」を見た。11年秋、DeNAが横浜ベイスターズを買収した際に、また東京ゲームショウが開催された直後にも、筆者は取材を受けた。「ソーシャルゲーム業界は利益を挙げているが、法の網目をくぐっている点もある」とコメントをすると、テレビ放映時にはカットされた。以下は伝聞情報、かつ個人的見解であるが、筆者の知り合いの番組ディレクターによれば「広告出稿量が1位、2位を競うDeNAとグリーについてのネガティブなコメントはオンエアしにくい」そうである。ところが、12年の5月はうって変わって「コンプガチャのひどい事例を知りませんか?」の取材が殺到するようになった。
規制は2011年からの既定路線だった
一般の人にとっては寝耳に水のニュース。「ガチャ」「コンプガチャ」という言葉自体、聞きなれないと思われるが、実は規制する動きは11年からあったのだ。消費者庁担当官が、一般社団法人日本オンラインゲーム協会に、違法性があるかどうかの勉強会の講師として招かれている。手前みそになるが、12年3月にリリースされた「イミダス2012年版」の、「ガチャ」という用語の解説で、筆者は「ガチャ」に規制の可能性がある旨を書いた。日本の全メディアで「ガチャ」規制について最初に言及したのは筆者で、掲載した媒体は「イミダス」である。当然ながら、消費者庁の動向をソーシャルゲーム運営各社も知ることとなる。12年3月に入ると、各社は自主規制策を発表し始めた。未成年者の超過払いは返金をする、課金上限額を設けるなどである。これは推測であるが、「規制された業界」のレッテルを貼られるよりも先に、自らがルールを定めてイメージダウンを避けるための方策だったと思われる。
しかし、結果論として消費者庁は容赦なかった。「民」の自粛が整うまえに「官」の規制を行使したのである。規制を受けた各社が、いっさい異論を唱えることなく「厳粛に受け止め、法令順守する」と一様に従順な姿勢を見せた要因のひとつは、予期していたできごとだったからであろう。
警察庁という補助線の恐怖
消費者庁がすばやく対応したのは別の理由もありそうだ。「民」の自粛が進むのと同時に、他の「官」も、肯定的に表現をすれば健全化、うがった見方をすれば既得権益化を狙っている、と業界関係者の間ではささやかれていた。他の「官」とは警察庁である。警察庁は「ガチャ」を読者プレゼントのような「懸賞」ではなく、パチンコと同様の「景品」ととらえている。景品の供与となると、パチンコ業界を規制する「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(俗称・風適法または風営法)が適用できる。そうなれば、ソーシャルゲーム業界は警察の監視下にある業界となるのだ。さらに12年2月ごろから、高額課金者たちが集まって「被害者の会」のような組織が生まれつつあった。一度楽しんだゲーム代金を返還請求することの妥当性はともあれ、同組織または構成員の誰かが、詐欺罪で訴えるようなことがあれば、いやおうなく警察の出番が回ってくる。警察庁に先んじたい消費者庁。運用と罰則規定が厳しい風適法よりも、比較すると処罰もゆるやかな景品表示法(景表法)に準じるほうが、ソーシャルゲーム業界にとっては傷が浅い。これはまったくの想像であるが、消費者庁とソーシャルゲーム業界は、強大な権力を持つ警察庁という「官」が出てこないようにする、という点において、利害関係は一致していたとの仮説が成り立つ。であるから、あっさりと土俵を割る力士のように、消費者庁のいうことを「厳粛に受け止めた」と解読できるのではなかろうか。
12年5月を過ぎたあとも、警察庁が動くといううわさは絶えていない。ゆえに、ソーシャルゲーム業界は、消費者庁から「景表法違反の疑いがある」と言われた「コンプガチャ」廃止以上の厳格なルールを定めた。それが冒頭に述べた自らを厳しく律したフェアトレードと不正行為の防止策である。一見すると「美しい秩序」の誕生に思えるが、背景には人間たちの欲望が渦巻く。法と経済と権力を題材にした、まるでリアル社会のソーシャルゲームを見ているかのようだ。
ガチャ
コインを入れてハンドルを回すと、景品が入ったカプセルが出てくる、タカラトミーアーツの玩具を「ガチャ」と呼ぶが、転じて、ソーシャルゲームで、アイテムを購入する際、プレイヤーが特定したものではなく、運の要素が入っているものを総じて「ガチャ」と呼んでいる。昔ながらの玩具名から転用されたゲーム用語であり、「ガチャ」の原型を模して、何が出るかわからないカプセルが表示される方式。また、福袋のように中身がわからない状態で、ゲームでの価値が高いアイテムと低いアイテムを混在させ大量に販売する方法もある。「ガチャ」は当たり外れの要素があるため、当たるまで購入するユーザーがいる。ゲームプレイ中は熱中して購入ボタンを押してしまうが、のちに高額な課金請求をされるトラブルが起きている。ちなみにアメリカでは「ガチャ」は禁止されており、日本でも規制対象とするかどうかの検討を消費者庁が中心になって行っている。(2012.3)
(平林久和)
ソーシャルゲーム
social game
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で遊ぶゲームの総称。ゲームそのものの遊びに加えて、人的交流を楽しむことができる。たとえば、友人同士で協力し合って育成ゲームを遊ぶ。友人同士でゲーム結果を競い合う。ゲーム参加者全員の中で、自分のランキングがわかるなどの機能を備えている。従来からあるオンラインゲームの魅力が手軽に楽しめるようになり、参加人口が急増した。また、たいていのソーシャル・ゲームでは友人を招待することにより、プレイヤーのメリットがあるため、人気ゲームはねずみ算的にユーザーを増やしていく傾向がある。ほとんどのソーシャル・ゲームが無料で遊べる。だが、ゲームスタート時は無料でも、プレイ進行中にアイテム等を購入するため、多額な金額を使ってしまうケースもある。ソーシャル・ゲームの人気は高いが、どこで、何を、いくらで課金設定するかなど、運営者のモラルが問われる側面もある。漢字検定や英単語テストのような、実用的なコンテンツも含めて、ソーシャルアプリと呼ばれるケースも多い。(2011.2)
(平林久和)