たくましさを増して上昇気流
現在、世界ランキング9位のさくらジャパンは、2012年5月のロンドン・オリンピック最終予選で優勝し、04年アテネ、08年北京に続く3大会連続出場を決めた。期待の高まりは、最近の国際大会で確実に結果を出し、対外競争力を強めているからだ。11年のさくらジャパンは、世界ランキング7位以下の8チームの間で2年ごとに行われるチャンピオンズチャレンジⅠで、パワーのアメリカ(世界ランキング10位)を破って優勝した。そこで出場権を得た12年初めのチャンピオンズトロフィー(アルゼンチン開催)は、オリンピック、ワールドカップと並ぶ女子の世界一を決めるために毎年開催される大会。対戦相手はロンドン行き決定組のオランダ、ドイツなど世界トップ7カ国。その中でさくらジャパンは、韓国、ニュージーランドと大接戦、延長の末、勝利して5位入賞を収めた。そして、オリンピック最終予選で最後の一枠への滑り込みに成功した。ちなみに、国際ホッケー連盟(FIH)発表の世界ランキング最新版は11年11月現在のもので、チャンピオンズトロフィーの結果は反映されていない。
さくらジャパンに順風満帆という言葉はない。オリンピック初出場の04年アテネ大会8位、前回北京大会10位と惨敗。続く2年後の広州アジア大会ではオリンピック出場権を中国、韓国の双璧に阻まれ、逃す。しかし、格上の相手を倒すしかない状況で、チーム一丸となって突破口を探し求め、窮地での起死回生に結び付けてきた。この苦闘する姿にこそ、ファンは思わず声援を送りたくなる。計り知れない潜在能力が発揮されれば、オリンピック本番でも世界をあっと驚かせる波乱や番狂わせを巻き起こす可能性は、確かに「ある」。それがさくらジャパン最大の魅力、見どころである。
ホッケーがよくわかる基礎知識
ホッケーの歴史は、4000年前の古代エジプトの壁画にも描かれているほど古い。近代ホッケーは18世紀半ば以降、イギリスで学校を中心に広まった。芝の生えない冬場のクリケットに代わるものだったが、スティックを持ったサッカーともいえる。ルールも似て、11人編成の2チーム、スティックの片面だけを使い、野球ボール大でゴルフボールほど硬い球をパス、またはドリブルしながら相手ゴールにシュートして得点を争う。ゴール前のサークル内から打ったボールしか得点にならないため、ロングシュートはない。前・後半各35分でオフサイドもなし。その代わり、自陣のサークル内で守備側が反則すると、攻撃側にはPC(ペナルティーコーナー)が与えられる。このセットプレーではGK(ゴールキーパー)を含めて守備側は5人で守るルールで、攻撃側にとってPCは得点のまたとない好機だ。PCをどれだけ奪い、得点につなげられるかが勝負になる。
選手交代は何度でも自由。同点の場合、どちらかの得点で試合終了となるゴールデンゴール方式での延長戦(2ハーフ各7分30秒)に入り、それでも決着がつかない時には5人ずつのPS(ペナルティーストローク)戦を行う。
安田善治郎監督の手腕にも期待
日本での歴史は1906(明治39)年、アイルランド人牧師グレーが慶應義塾大学の学生らに紹介して始まった。その2年後の1908年ロンドン大会からオリンピックに採用され(男子)、日本は32年ロサンゼルス大会で銀メダルを獲得した(エントリーが地元アメリカと英領インドの3カ国だけの結果)。女子は80年モスクワ大会から正式種目になり、日本は92年バルセロナ大会の予選から参戦。この初代代表監督が安田善治郎・現日本代表監督(65歳)。大学生の時に68年メキシコ・オリンピック日本代表入り。その後、岐阜県に帰郷。日本女子ホッケーの中核的存在、県立岐阜女子商業高校(現・岐阜各務野高校)ホッケー部を育て、国体22回優勝など。女子ホッケー指導の第一人者だが、一度は後進に道を譲り、再び請われて復帰、アテネ大会でオリンピック初出場をかなえて退任した。そして不本意な結果に終わった北京大会後、みたび監督就任。3度目の正直は果たして…。
ロンドン・オリンピック代表決定の記者会見で、安田監督は「メダル獲得を目指す」と明言した。従前の6位入賞からの目標引き上げは、選手たちの可能性を最大限に引き出すための変更である。
しかし、これは予選A組で唯一、格下のベルギー(世界ランキング16位)から勝ち点を上げ、アジア2強の中国と韓国(同5、8位)を抑え、さらに世界1位でオリンピック2連覇を目指すオランダと4位の地元イギリス、いずれかの一角を崩して2位以内に入り、準決勝に進出することを意味する。どうすれば可能なのか?
この選手たちに注目!
キーワードは堅守強攻と走り勝つこと。70分間、ピッチを縦横に走り回る豊富な運動量をベースに、激しい防御とパスを刻んだ組織的な速攻を狙う。オランダリーグ経験者でオリンピック出場3回目のエース、藤尾香織(ソニー)を中心に、若手成長株の柴田あかね(グラクソ・スミスクライン)、三橋亜記(コカ・コーラウエスト)、大塚志穂(南都銀行)らがスピード感を持って仕掛けていく。また、PCではドラッグシュートという特殊技を操る村上藍(ソニー)が攻撃に変化をつける。ボールをスティックに引っ掛けて前方に引きずり(ドラッグ)、そこから一気に押し出すこと(プッシュ)で球を浮かせ、高低をつけてゴールを狙うもの。村上は日本人女子では初めて国際試合でこの技を成功させた。中盤を守る主将の山本由佳理(ソニー)と駒沢李佳(コカ・コーラウエスト)、中川未由希(ソニー)は司令塔の役割。守備の大ベテラン、41歳の加藤明美(HANNO)もオリンピック3度目で、「ホッケー界の国宝」とは監督の言。初出場10選手も含め、攻め切ってシュートを打ち、守り切ってボールを奪う「個人の質」が鍵と監督は指摘する。
予選グループ戦はリバーバンク・アリーナ(1万5000人収容)で、日本の初戦は7月29日から地元イギリスと。その後は隔日に31日オランダ、8月2日韓国、4日ベルギー、6日中国との総当たり戦。勝てば勝ち点3、引き分け1、負けると0で各組上位2チームが準決勝に進む。勝者は10日の決勝(日本時間11日午前4時)に臨み、敗者は同日の3位決定戦に回る。予選各組3位以下は順位決定戦で5~12位が決まる。予選B組は世界ランキング2位アルゼンチン、3位ドイツ、6位ニュージーランド、7位オーストラリア、10位アメリカ、12位南アフリカ(A組と同日程)。
さくらジャパンにとって、オリンピックはすでに夢の舞台でなく戦いの場。これに対し、日本のホッケーはまだこれからの競技だ。トップの強さが底辺の拡大に直結する。