伝統食としての昆虫
日本ではいま、昆虫を食べる文化はあまり見られない。しかし、自然が豊かで身近に昆虫がいたころには、日常食として昆虫は普通に食べられていた。たとえば昆虫学者三宅恒方博士が1919年(大正8)にまとめた報告書「食用及薬用昆虫に関する調査」では、55種類の昆虫が食べられており、同じく昆虫学者野村健一博士が1946年(昭和21)に刊行した「文化と昆虫」でも、20種類あまりが食用例として報告されている。特に稲作がさかんな日本では、秋になるとイナゴがたくさん捕れた。イナゴは日持ちのする佃煮などに加工され、冬の貴重な栄養源となったのである。
一般的ではなくなったとはいえ、昆虫食文化は一部地域にいまでも根強く残っている。たとえば長野県では、土産物店の店頭にイナゴ、ハチの子、ザザムシ、カイコの蛹(さなぎ)など昆虫食品が並んでいる。特にイナゴは町中のスーパーなどでも佃煮コーナーによく見かけることができる。イナゴは全国的にもよく食べられていて、多くの日本人が一度は口にした懐かしい味といえるだろう。
ハチの子も、岐阜、長野、山梨、静岡、愛知など中部地方を中心に、根強いファンがいる。ここで主に食用とされるのはクロスズメバチ(ジバチ、スガレ)という小型種で、甘辛く煮付けたものが市販されている。ご飯に混ぜた「ハチの子飯」は美味で、こってりとした濃厚な味はウナギの蒲焼きを彷彿(ほうふつ)とさせる。最近はさっぱりした塩味も商品化されている。各地に蜂追いの同好会があり、秋には巣の大きさを競うコンテストまで開かれるなど、地域文化として根付いている。
世界の昆虫食
世界に目を転じると、さまざまな国や地域で日常的に昆虫が食べられている。東南アジアのタイ東北部やラオスなどは、とりわけ昆虫食が盛んである。タイワンタガメ、タイワンオオコオロギ、タイワンツチイナゴ、タケツトガ、ツムギアリなどさまざまな昆虫が、市場で販売されている。
アフリカ南部では、イモムシなどガの幼虫が好まれる。ザンビアに住むベンバ族の村では、「チプミ」というヤママユガの発生時期になると、村中総出でキャンプを張り、採集したその場で天日干しして袋に詰める。このイモムシは高く売れ、衣類や食料、アクセサリーや自転車などと交換される。あるいは自宅で保存し、来客のもてなし料理に使ったり、贈り物や土産として重宝される。また、シロアリなども好んで食べられている。
そのほかオーストラリアのウィチェティ・グラブ(ボクトウガ科の幼虫)や、メキシコの「リュウゼツランの赤い虫」(ボクトウガ科の幼虫)と「リュウゼツランの白い虫」(セセリチョウ科の幼虫)などが、食用昆虫としてよく知られている。
食品としての昆虫
では、昆虫を食品として見た場合はどうだろう。たとえばカイコの蛹は、乾燥重量の63%がタンパク質(鶏卵は51.5%)であり、30%が脂肪(同43.1%)で、だいたい同じくらいの栄養があるといえよう。また、イナゴは高タンパク低脂肪食品であり、ハチの子には必須アミノ酸がバランスよく含まれている。昆虫は健康食品なのだ。さらに、狭いところでたくさん飼育できるのも昆虫の長所だ。たとえば、カイコは1立方メートル当たり221kgの肉を生産できるのに対し、ブロイラーは105kgと下回る。そのため国連では昆虫養殖が推奨され、JAXAの宇宙農業の分野でも、昆虫食の導入が検討されている。昆虫の豊かな味わい
では昆虫はいったいどんな味がするのだろうか。市販品はそのほとんどが、佃煮風の味付けがされている。そこで筆者が代表を務める昆虫料理研究会では、代表的な食用昆虫の味評価を行っているので、その一部を紹介しよう。(1)は旬、(2)は入手方法を示す。セミ(1)夏、(2)採集:暑さを演出する昆虫だが、私たちにとっては旬の食材でもある。成虫は素揚げするとサクサクした食感と飛翔筋のうま味がある。しっかり肉の詰まった幼虫は、だしじょうゆで煮て燻製にすると、香りも食べ応えも十分。
ヤママユガ(1)夏、(2)採集:クヌギやコナラなどの葉を食べて育つ大きなイモムシ。主に幼虫や蛹をゆで、しょうゆを付けて食べる。幼虫は淡白で豆腐のような食感。蛹はエビやカニに似たコクと甘味がある。
スズメバチ(1)秋、(2)依頼:オオスズメバチの蛹はさっと湯がいてポン酢でしゃぶしゃぶ風にして食べると「フグの白子」以上。甘味とうま味が強くクリーミーで、鶏肉と豆腐に似た風味がする。クロスズメバチの幼虫や蛹の炊き込みご飯「ハチの子飯」は「ウナ丼」そっくり。成虫はさっくり揚げると香ばしい。危険なので、入手は駆除業者か養蜂場に依頼するといい。採集するなら自己責任で。
トノサマバッタ(1)秋、(2)採集:仮面ライダーのモチーフになっただけあり、飛翔力抜群。狩猟本能を十分満たしてくれる。素揚げや天ぷらにして食べる。大きくて食べ応えがあり、発達した胸肉のうま味も味わえる。
モンクロシャチホコ(サクラケムシ)(1)秋、(2)採集:サクラの葉を食べて育ち、10月ごろ地中で蛹になる。ほのかなサクラの香りがするのが特徴。香りが逃げないよう、さっと蒸して桜餅などの和菓子に添える。
エビガラスズメ(1)夏~秋、(2)採集:サツマイモなどヒルガオ科植物の葉を食べて育つ大きなイモムシ。幼虫と蛹はコーン風味がして甘い。成虫のメスは「子持ち蛾」と呼ばれ、卵のプチプチした食感が特徴。
カミキリムシ(1)冬、(2)採集:越冬幼虫は「マグロのトロ」。蒸して身を出しネギトロ風に軍艦に載せる。脂が乗って甘味とコクがある。クリーミーでふんわり甘いバターのよう。生木に入るので採集困難、希少な食材だ。
タイワンタガメ(1)無季、(2)購入:東南アジアでは人気食材で日常の食卓に上る。特にオスの発するフェロモンは、洋ナシに似た甘い香りがする。蒸して身を取り出し、サラダに混ぜるか薬味代わりにめんつゆに入れてもよい。
カイコ(1)春~秋、(2)飼育、購入:卵はトンブリに似たプチプチ感が魅力だが希少。幼虫は揚げると海苔(のり)風味。蛹はコーン味で甘くコクがあり、新鮮だと臭みもほとんどない。成虫も佃煮にすると食べやすい。フンも煮出すとあきのこないさっぱりしたお茶になる。
筆者は昆虫料理研究会の代表として、昆虫食の普及啓蒙(けいもう)活動に努めている。そうした活動の一環として「昆虫料理レシピコンテスト」を行い、昆虫のおいしさを引き出す斬新なレシピを公募している。2012年11月23日に開催された「第4回東京虫食いフェスティバル」で行われたコンテストの入賞作品を紹介したい。
「バグパエリア」
■おすすめポイント
グランプリ受賞作品。ベースは日本伝統のハチの子飯であり、そのうま味がだしとなっている。旬の虫をトッピングし、季節感を演出できる。パエリアは本来エビなど「海の虫たち」を具材とするのに対し、「陸の虫たち」を使うという発想が面白い。ちなみにイナゴは江戸のころ「陸(おか)エビ」と呼ばれた。
■材料 (4人分)
アルゼンチンモリゴキブリ:8頭、タイワンツチイナゴ:8頭、ハチの子:200g、米:2カップ、にんにく:1片、玉ねぎ:中1個、プチトマト:8個、さやいんげん:8本、黄色パプリカ:1/2個、サフラン:少々、水:2カップ、オリーブ油:大さじ3、揚げ油:適量、塩:小さじ1、こしょう:少々、レモン:適量
*トッピングする虫は好みで自由に変えてよい。
■作り方
1:米は洗ってざるに上げ、水気をよく切る。にんにく、玉ねぎはみじん切りにする。プチトマト、さやいんげんは半分に切り、黄色パプリカは種を取って、2cmくらいの角切りにする。サフランと水を合わせておく。
2:アルゼンチンモリゴキブリとタイワンツチイナゴはカリッと素揚げし、いったん取り出す。
3:フライパンにオリーブ油を熱し、にんにく、玉ねぎを炒める。玉ねぎの色が透き通ったらプチトマトを加え、さらに炒める。
4:3に米を入れて炒める。米が熱くなったら、サフランとサフランの色が出た水、塩、こしょうを加え、さっと混ぜてから平らにならす。ハチの子、さやいんげん、パプリカを並べ、1分ほど沸騰させてから蓋(ふた)をして、弱火にして炊く(約15分)。
5:炊き上がったら火を止めて、2で取り出しておいたゴキブリとイナゴを戻し、もう一度蓋をして蒸らす(約3分)。
6:フライパンのままテーブルへ。レモンを添える。
(トクノサトシ・作)
「ミールワームとチーズの春巻き」
■おすすめポイント
入賞作品。小鳥や小動物の餌として入手しやすいミールワーム(ゴミムシダマシの幼虫)で手軽に作れ、調味料を変えることで味と香りのバリエーションがいろいろ楽しめる。
■材料(4人分)
ジャイアントミールワーム:40頭、春巻きの皮:8枚、とろけるスライスチーズ:8枚、ゆずこしょう:適量、大葉:8枚、揚げ油:適量
■作り方
1:ミールワームを洗い、水気を取る。
2:1をカリッとなるよう素揚げし、取り出して油を切っておく。
3:(ゆずこしょう巻き)春巻きの皮にゆずこしょうを塗り、スライスチーズを載せて2を5頭並べ、風呂敷包みにする。
:(大葉巻き)春巻きの皮に大葉を敷き、スライスチーズを載せて2を5頭並べ、風呂敷包みにする。
4:油で程よくきつね色になるまで揚げる。
5:ミールワームが見えるよう中心でカットし、練り梅もしくはケチャップを添えて盛りつける。
(吉崎 将・作)
「カイコのニョッキ」
■おすすめポイント
入賞作品。カイコ繭(まゆ)が桑の葉クリームの海に浮かぶ絵をイメージ。カイコ繭に似せたニョッキもかわいい。桑の葉を混ぜることでカイコの生態を伝え、練りこんだ栗のほのかな香りが、秋を演出している。
■材料 (4人分)
(ニョッキ)生カイコサナギ:30個、薄力粉:200g、生栗:適量、玉子:1個、塩:少々
(ソース)ゴルゴンゾーラチーズ:適量、桑の葉パウダー:適量、生クリーム:200cc
(トッピング)カイコサナギ:4個、クルミロースト:少々
■作り方
(ニョッキ)
1:カイコをゆでて外皮など食べづらい部分を取り除く。
2:栗をゆでてすり潰す。
3:薄力粉、玉子、栗、塩を加えてまとまるまでよくこねる。
4:カイコ繭と同じくらいのサイズに生地を取って丸める。
5:鍋に湯を沸かして4を入れ、浮いてくるまでゆでる。
(ソース)
6:手鍋にゴルゴンゾーラチーズと生クリームを入れ、ゆるやかに加熱しながらよく混ぜ、水で溶いた桑の葉パウダーを加えて混ぜる。
(仕上げ)
7:ゆで上がったニョッキにソースをかける。砕いたクルミを散らし、殻付きカイコサナギを添える。
(はやまあきふみ・作)
「イナゴのおこわ」
入賞作品。イナゴは稲作とともに歩んだ日本の食文化に欠かせない。イナゴと米の相性は抜群。
■材料(4人分)
イナゴ:30g、もち米:2合、にんじん:50g、干ししいたけ:10g、砂糖:大さじ1、しょうゆ:大さじ2+1/2、酒:大さじ3、みりん:小さじ1、塩:適量、ごま油:適量
■作り方
1:イナゴはよく洗い、後ろ足と翅(はね)を取り除き、胸の真ん中当たりで切る。
2:1のイナゴを鍋に入れ、ごま油で炒めてから、ひたひたの水に砂糖(大さじ1)、酒(大さじ1)、しょうゆ(大さじ2)、みりん(小さじ2)を加え、煮立ったら弱火にし、水気がなくなるまで煮詰める。
3:もち米を洗い、15分以上おいて水気を切る。
4:干ししいたけを水で戻す。
5:しいたけ、にんじんを切る。
6:炊飯器にもち米、しいたけの戻し汁、しょうゆ(大さじ1/2)、酒(大さじ2)、塩(小さじ1/2)、適量の水を入れ、2のイナゴ(トッピング用に頭部を適量取り置く)と5の具材を加えて炊く。
7:炊けたら軽く混ぜ、器に盛りつけ、取り置いたイナゴの頭部をトッピングする。
(石倉卓也・作)
「はんぺんチーズのミールワーム揚げ」
■おすすめポイント
入賞作品。衣にしたミールワーム(ゴミムシダマシの幼虫)のサクサク感と中身のチーズのとろとろ感が絶妙。
■材料(4人分)
ジャイアントミールワーム:80頭、はんぺん大判:2枚、とろけるスライスチーズ:4枚、片栗粉:大さじ4、小麦粉:適量、パセリ:少々、揚げ油:適量
■作り方
1:ミルワームはさっと素揚げしておく。
2:はんぺんをフードプロセッサーでピューレ状にする。
3:スライスチーズを1センチ角に切る。パセリはみじん切りにする。
4:ボールにはんぺん、チーズ、パセリ、片栗粉を入れ混ぜ合わせ、好みで丸形やたる形、小判形に成形する。
5:小麦粉と水を少し濃いめ(ポテッとするくらい)に混ぜ、4をくぐらせ、1を衣に着けて170℃の油で揚げる。
(蓬田 至・作)