厳しい環境を乗り越えてソチ参戦
出場決定後には、チーム愛称が発表された。「スマイルジャパン」である。選手たちは全員がアマチュアで、アイスホッケーと仕事を両立している。競技生活を優先するために、正社員ではなくアルバイトを選ぶ選手は少なくない。遠征費などの一部は自己負担となっており、競技環境はかなりシビアだ。それでも、悲壮感はないのである。彼女たちの胸中では、真っすぐな気持ちでアイスホッケーに取り組み、女子サッカーのようにメジャースポーツにしたいとの思いが膨らむ。そのうえで、ミスを恐れずに楽しんでプレーすることを、誰もが心がけている。チームのメンタリティーを表す愛称として、「スマイルジャパン」はまさにピッタリだ。
アイスホッケーの女子競技は、98年の長野から正式種目となった。ソチが5度目となる。初代女王はアメリカで、その後はカナダが3連覇を成し遂げている。
本大会は8カ国で争われるが、出場国の決定方法は独特だ。2012年現在の世界ランキング上位5カ国と開催国のロシアが、自動的に出場権を与えられた。残り二つの出場枠は、予選を突破した日本とドイツがつかんでいる。
本大会の組み合わせも決定済みだ。世界ランキング上位4カ国のカナダ、アメリカ、フィンランド、スイスがグループAに、下位4カ国のスウェーデン、ロシア、ドイツ、日本がグループBに振り分けられた。それぞれ総当たりのリーグ戦が行われるが、グループAは順位決定リーグの位置づけだ。上位2カ国が準決勝へ、下位2カ国が準々決勝へ進む。一方のグループBは、上位2カ国が準々決勝へ進出する。
ベスト4進出の段階で、グループAの上位2カ国は消化試合数が一つ少ない。連戦によって疲労が蓄積していくことを考えると、ランキング上位国に有利な大会方式だ。
アイスホッケーの基礎知識
“氷上の格闘技”と呼ばれるアイスホッケーは、20分×3ピリオドの合計60分で争われる。ボールに相当する直径7.5センチのパックをスティックで奪い合い、ゴールすると1点が与えられる。同点の場合は基本的に5分間のオーバータイム(延長戦)に突入し、どちらかが得点した瞬間にゲームが終了する。延長戦でも勝敗が決しない場合は、ゲームウイニングショット(GWS)で決着をつける。サッカーで言うPK戦がGWSだ。1チームはゴールキーパー(GK)2人を含む最大22人で編成され、氷上で戦うのはGKを合わせて6人だ。GKを除く5人はディフェンス(DF)2人、フォワード(FW)3人が基本で、あらかじめ決めた5人の組み合わせをセットと呼ぶ。
選手交代に制限はない。入れ替えはいつでも、何度でも可能だ。パックが敵陣深くにある瞬間の交代が多く、ベンチに近い選手から随時入れ替わる。運動量が激しいので、交代は1人1分以内がほとんどだ。
試合終盤でリードされていたり、同点でもさらに得点が必要なチームは、GKをベンチへ下げてFWを投入することがある。6人攻撃と呼ばれる戦術だ。リーグ戦の最終戦などでは、その試合の勝敗だけでなく必要な勝点を得るために、6人攻撃を繰り出すチームがある。
アイスホッケーはスピードが速く接触プレーが多いので、選手の安全を確保するために反則が細かく設定されている。スティックで相手を引っ掛けるフッキングや、パックを持っていない選手の動きを妨げるインターフェアランスなどがあり、反則の重さに準じてペナルティーが科せられる。
一般的な反則は2分間の退場となる。その際に、人数が多いチームはパワープレーと、少ないチームはキルプレーと呼ばれる。1チームの退場者は同時に2人までと決まっているので、GKを含めて6対4が最大人数差だ。
また、反則とは別に、アイスホッケーのルールで初心者に分かりにくく、それでいて試合中の登場頻度が高いものにアイシングがある。守備側が自陣(センターラインの手前)からパックを出し、誰にも触らずに相手側のゴールラインを越えるとアイシングだ。試合は守備側の陣地から再開される。
強みは敏捷性と組織力
予選終了後のスマイルジャパンは、4月にノルウェーで開催された世界選手権に出場した。日本は2部リーグに相当するディビジョン1グループAに属し、デンマーク、スロバキア、オーストリア、ノルウェー、ラトビアとの総当たりリーグ戦に挑んだ。いずれも欧州の大型チームである。他のスポーツと同様に、アイスホッケーでも体格差が横たわる。スマイルジャパンの平均身長は161.2センチと、日本人はかなり小柄である。ただ、それゆえに欧米の選手より動きが敏捷だ。周囲と連携してプレーする組織力も高い。さらに加えて、攻守に惜しみなく動くことができる。ハードワークと呼ばれる部分だ。
三つの特徴をフル稼働したスマイルジャパンは、ディビジョン1グループAで優勝を飾ったのだった。
敏捷性を生かした素早いホッケーは、ソチでもチームの生命線となる。08年2月からチームを率いる飯塚祐司監督は、「サイズの差は埋められませんので、あらゆる意味でスピードを上げていくのは重要なキーワードになります」と話す。
すべての対戦相手がランキング上位のソチでは、守りの時間が長くなる。そこでは、相手のパックへプレッシャーをかける速さが問われる。奪ったパックを瞬時に攻撃へ結びつける判断の速さも必要だ。「あらゆる意味でのスピード」を、飯塚監督が求めていく理由である。
守りの時間が長くなるだけに、少ないチャンスを確実に生かす決定力も大切だ。得点源を担うのは久保英恵だろう。一度は引退しながらソチ出場のために現役復帰した30歳の彼女は、先の世界選手権でも2得点3アシストを記録した。また、21歳にしてキャプテンを務める大澤ちほは、得点力とリーダーシップを兼ね備える。
久保や大澤らが中心となるものの、スマイルジャパンの強みはチームの一体感だ。苦しい局面で互いを励まし合い、全員攻撃・全員守備で強豪に立ち向かう。試合の終盤でリードを許していても、彼女たちは決して諦めない。最後まで戦い抜く姿勢は、掛け値なしに心を打つはずだ。
ソチへの強化は5月から再スタートし、月1回のペースで合宿が行われる予定だ。「日本中にインパクトを与える戦い、すなわちメダル争いをして、ソチ以降にもつなげたい」と飯塚監督は言う。16年ぶりのオリンピック出場は、通過点でしかない。アイスホッケーの未来を切り開く彼女たちの戦いは、ここから本格化していく。