2013年4~5月には、イギリスの演劇集団による舞台『もののけ姫』が上演され、夏には『風立ちぬ』、秋には『かぐや姫の物語』の新作映画が控えるスタジオジブリ。多くの話題作の中でも人気の高い『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』で、アスベルとアシタカという重要な役の声を担当した松田洋治に、ジブリ作品の魅力について聞いてみた。
『ナウシカ』が一大ムーブメントを作る
ジブリファンには周知のことだが、映画『風の谷のナウシカ』は、正確にはジブリ作品ではない。監督は宮崎駿、制作スタッフにはその後ジブリを支える高畑勲や鈴木敏夫らが名を連ねてはいる。しかし、スタジオジブリの設立は『ナウシカ』の成功を受けてのこと。つまり、スタジオジブリとしてのデビュー作は1986年公開の『天空の城ラピュタ』になる。そうしたスタジオジブリ黎明(れいめいき)期に、松田はアスベル役をオファーされた。
「オファーされたのは30年前、僕はまだ高校生で、ちょうどテレビドラマ『家族ゲーム』に出演中で忙しい頃でした。テレビや映画の仕事の延長線として受けた仕事でしたし、特別アニメに興味もなかったので、当時の印象ってあまり残っていないんです。ただ、台本を読んだときには、子どもの頃自分が見ていた漫画映画のイメージからすると、内容が難しいなという印象があって、子どもに受けるのかなと感じていました。でも上映されると、周りの20代半ばの人たちが、オールナイトで見に行った、何度見ても面白い、と盛り上がっていて、高い評価でした」
その後、『風の谷のナウシカ』は、子ども向けの漫画映画ではなく、大人をも巻き込んで、アニメーション映画という一大ムーブメントを作っていく。
宮崎監督のひと言がキーワードに
『ナウシカ』から13年後、今度は『もののけ姫』の主役アシタカのオファーが松田にくる。スタジオジブリのホームページ内に、制作過程がつぶさにわかる「制作日誌」のコーナーがある。それによれば、松田の起用は公開より1年以上前にいち早く決定していたとある。プロデューサーの鈴木敏夫が、当時舞台で活躍していた松田を見て、推挙したようだ。
「秋頃、念のため声を録(と)らせて欲しいと事務所に要請があった。僕はそのとき、ジブリの新しい作品のオーディションとだけ聞いて、役柄も聞かず出かけました。事務所の人間が、もしかしたらダメということもある、と気を遣ったみたいです。もちろん主役なんてはなから頭にありませんでした」
このとき録った「あの子を解き放て」という声を、宮崎監督も気に入り、松田の起用が確定したようだ。当時ジブリは、『魔女の宅急便』(89:公開年、以下同)『おもひでぽろぽろ』(91)『紅の豚』(92)『平成狸合戦ぽんぽこ』(94)『耳をすませば』(95)と、邦画の配給収入の1位を次々獲得し、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
「僕はアシタカの前に、宮崎監督原作のラジオドラマ『シュナの旅』でも主人公の声を担当しているんです。若い王子シュナが、アシタカ同様、苦難の中を旅する物語で、そういうことも起用の要因だったかもしれません」
新作を待ちわびる多くのファンの期待の中、主役を演じるのはかなりの重責だ。いったい松田はアシタカという役に対して、どのようにアプローチしていったのか?
「僕らが声を入れる前に、ある意味、作品は完成しているわけです。だから、現場で、いかに監督の意図をくみ取れるかにかかってきます。最初はどうしても、演じすぎてしまう、演技過多になる。でも、それは監督の意図するところではない。だったら僕ら俳優ではなく声優を使えばいいわけですから。
だから、あくまで芝居をした結果としての声を望まれていると解釈しました。当時、他の役者さんたちと、もし無尽蔵にお金が使えるとしたら、監督は実際にセットを組んで芝居をさせて、その声を録りたいんじゃないか、と話していたものです。
アシタカという役に関しては、監督があるときインタビューで、もしアシタカが不良少年だったら他に候補がいた、とおっしゃったんです。その言葉はいつも心のどこかにあって、演じる上でのキーワードでした。また、現場で監督に言われた中では、凛(りん)とした感じ、よく背筋が伸びている感じ、という表現が印象深かったです」
アシタカはカヤを裏切ったのか?
実は、録音初日を迎えた日は、まだ台本が最後まで出来ていなかった。
「もちろん全体のストーリーは知らされてはいました。現場で、直接僕らとやりとりするのは録音監督の若林(和弘)さんですが、宮崎監督も上のブースに同席されていました。それで、なかなか俳優陣に意図が伝わらないと駆け下りてきて、指導する。
ある日、村の娘、カヤの声を録っているときに、しっくりしなかったのか、宮崎さんが下りてきたことがありました。カヤは、アシタカのことを“兄様(あにさま)”と呼びます。でもそれは、血のつながった兄という意味ではない。それを本当の兄と誤解していたのが原因だったようで、誤解が解けてからはスムーズに録音が運びました」
カヤといえば、公開直後に論争が起こった。アシタカが村を去るとき、カヤは愛する彼に小刀をお守り代わりに渡す。しかし、その後、アシタカはその大切な小刀をもののけ姫にやってしまう。あれはカヤに対する裏切りではないか、と。
「宮崎監督がおっしゃったのは、村を去るとき、アシタカが髷(まげ)を切るシーンがあって、それはアシタカが村と永遠に決別するという意志の表れだ、と。もし少しでも村に帰る可能性があったとしたら、彼は絶対に小刀をあげたりはしない。
このように、台本に書かれていないことや監督の思いが、非常にたくさんあって、現場で監督自身がその都度語ってくれました。僕は、台本にはあまり書き込みをしないほうですが、『もののけ』の台本は多いかもしれないですね」
ジブリ作品の魅力
そして、過去のジブリ作品の記録を塗り替え、『もののけ姫』は大化けする。
ジブリ作品には、タイトルに“の”の字が入っていることがヒットの秘訣という「のの法則」があるが、まさにその通りになった。
「ジブリの魅力はたくさんありますが、ヒロインの魅力に負う部分も大きい。ナウシカにしても、サンにしても、あるいは『もののけ』に登場する女性たち、もちろん他の作品の女性たちも、みんな強い。強い女性なんていうと、男性化した女性と取られがちかもしれませんが、そうではなくて、女性ならではの強さを持っています。凛としたたたずまいや、護るべきものに対して真摯(しんし)に向き合う姿勢と言い換えてもいいかもしれない。