1970年代の空気、色濃く
日本でもっとも有名な悪の組織は「仮面ライダー」(1971~73年)に登場する「ショッカー」だろう。誤解されがちなので説明すると、ショッカーとは「キー!」と叫ぶ黒タイツ姿の男の名ではなく、世界征服をたくらむ悪の秘密結社の組織名である。ショッカーを読み解くキーワードの一つは「公害」だ。70年の大阪万博が輝かしい未来を歌い上げる裏側で、当時の日本では公害が深刻化していた。放送が始まった71年4月3日の「読売新聞」の調査では、多くの地方自治体首長が公害対策を急務としてあげている。
川の水面が洗剤の泡で白く覆われ、光化学スモッグ注意報で校庭に出ることが禁じられる日も多かった時代に、ショッカーは毒ガス散布や殺人スモッグなど、公害を連想させる作戦を多く実行した。そこには高度経済成長の影の部分が映し出されているように見える。
もう一つのキーワードは「過激派」である。あさま山荘事件や連続企業爆破事件を起こす極左グループが形成されたのが70年代初頭。平和なはずのアパートの隣室で実は「学生さん」が爆弾を作っている、そんな危うい時代の空気がショッカーには漂う。
組織の本拠地は基地ではなく、極左暴力集団と同じように「アジト」と呼ばれた。ヒルゲリラという名の怪人も登場したし、怪人クラゲウルフは過激派さながらにラッシュ時の新宿駅西口を襲おうとした。先日亡くなった同シリーズの平山亨・元東映プロデューサーによると、当時「東京爆破作戦」という仮題の原稿を所持した脚本家が過激派と間違えられ、警察に拘束された「事件」もあったそうだ。
怪獣たちの「事情」
仮面ライダーに先駆け、66年から放送が始まった「ウルトラマン」。敵は怪獣だが、実はウルトラシリーズにはごく一部の例外をのぞき、組織的な悪は登場しない。怪獣は個別の理由で宇宙から襲来したか、地球で発生した生物である。特筆すべきは、悪の側の事情が描かれるエピソードが多いことだ。
バルタン星人は核爆発で故郷の星を失ったために地球への移住を希望しており、当初は侵略の意思はなかった。態度を豹変させたのは、20億体以上という星人の数に、防衛組織の科学特捜隊が動揺し、移住拒否の姿勢に転じてからだ。いわば「宇宙難民」であるバルタン星人側からすれば、移住を拒否する地球側が非道となる。
自国に見捨てられた宇宙飛行士が怪獣化したジャミラや、地球人の核実験で星を破壊されたギエロン星獣(「ウルトラセブン」〈1967~68年〉に登場)なども「ワケあり怪獣」であり、三分の、いや、それ以上の理があるように見える。
異星の生命体との遭遇が夢物語ではなくなってきた今、もしバルタン星人が移住を求めてやってきたらどうするのか。画質の粗い60年代の映像の中で不気味に笑うバルタン星人は、私たちにそんな問いを突きつけてくる。
異彩放つ「死ね死ね団」
強烈な個性を放つのが「愛の戦士レインボーマン」(72~73年)の敵「死ね死ね団」だ。彼らの目的はなんと「日本人皆殺し」なのだ。第二次世界大戦で日本軍の被害にあった外国人で構成され、宗教法人・御多福会を隠れみのに偽札をばらまいてハイパーインフレを起こし、食糧難を発生させるという、今見ても背筋が寒くなるような作戦を遂行した。戦没者の遺骨引き揚げ運動を行っていた原作者・川内康範の独自の哲学が色濃く反映された異色の組織である。
悪の組織に「あの事件」が落とした影
75年の「秘密戦隊ゴレンジャー」から続くスーパー戦隊シリーズ。今も続く38年間の歴史の中で、大きな転換点は90年代半ばに見える。95年の「マシン帝国バラノイア」(「超力戦隊オーレンジャー」)は人間を奴隷にしようとたくらむ「常識的」な悪だ。ところが、翌96年の「宇宙暴走族ボーゾック」(「激走戦隊カーレンジャー」)は、自分たちの娯楽のために地球を花火のように爆発させるという、いささかふざけた目的の集団となる。怪人の巨大化アイテムも、呪術や機械ではなく「芋羊羹(いもようかん)」と、文字通り人を食った設定だ。
背景には、95年に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件の影響が透けて見える。悪の組織の作戦を超越した犯罪が現実に発生した結果、戦隊の敵は奇抜な方向に舵(かじ)をきるしかなかったのではないか。
実際、シリーズ初期によくあった邪神をあがめる宗教的組織は以後、登場しなくなる。幼稚園バスジャックや貯水池に毒を投入する作戦も姿を消した。凶悪犯罪が多発し、簡単な理由で人命が奪われる現代は、戦隊界で「悪」が存在することが難しい時代なのかもしれない。
ぼやけるヒーローと悪の境界
仮面ライダーの敵も変質した。平成ライダーシリーズには、ショッカーのような組織は存在しない。シリーズ第一作に登場したのは、特殊な言葉を操るグロンギ一族(「仮面ライダークウガ」〈2000~01年〉)。無差別連続殺人を「ゲゲル」(ゲーム)と呼ぶ彼らが何者で何が目的なのかは最後まで解明されなかった。「仮面ライダー555(ファイズ)」(03~04年)はライダーがウルフオルフェノク(狼怪人)でもあり、逆にオルフェノクも変身ベルトをつければライダーになるという設定だった。現在放送中の「仮面ライダーウィザード」では、ファントム(怪人)は普通の人間の絶望の中から誕生する。
ショッカー
「仮面ライダー」(1971~73年放送)に登場した、悪の組織。世界征服をたくらむ秘密結社で、正体不明の謎の首領を中心に世界各地に支部をもち、人間を改造して意のままに操ることで、人類の支配を実現しようとする。動植物がもつ特殊な能力を人間に移植する生体改造技術を誇り、数々の怪人を誕生させた。のちに、アフリカ奥地の秘密結社・ゲルダム団と合併してゲルショッカーとなる。同時に生体改造技術も向上させ、2種類の動物の能力を複合させた、より強力な改造人間を誕生させた。
ショッカーの幹部たち
ゾル大佐
ナチスの残党で、作戦の失敗が続く日本支部に中近東から派遣された。軍服に眼帯のいでたちで、電磁ムチをたずさえる。規律に厳しく、日本支部に派遣されてすぐ、戦闘員を「服装のたるみは精神のたるみだ」としかりつけたことで有名。狼男に変身した。演じたのは、宮口二郎。
死神博士
ヨーロッパから派遣された、改造人間研究の第一人者。白髪まじりの痩せこけた顔、白ずくめのスーツに襟の高い黒マントを羽織った、今なお語り継がれる伝説的悪役キャラクター。イカデビルに変身した。天本英世の怪演が全国の子どもたちを震え上がらせた。
地獄大使
世界各地に基地を作った実績を持つ三人目の大幹部。感情豊かで、悪の幹部には珍しい人間味を見せた。ちょっとおっちょこちょいな一面も。怪人さながらの三葉虫のようなスーツで全身を覆い、自ら前線で指揮を執ることも多かった。後に仮面ライダーZXと戦う暗闇大使とはいとこ同士である。ガラガランダに変身した。演じたのは、潮健児。
ブラック将軍
元ロシア帝国の将軍であったが、ゲルショッカー成立の功績を評価され、日本支部の幹部となる。性格は残忍で冷酷。ゲルショッカー結成にあたっては、それまでのショッカー関係者を全員殺害した。ヒルカメレオンに変身。演じたのは、丹羽又三郎。
死ね死ね団
「愛の戦士レインボーマン」(1972~73年放送)に登場した、悪の組織。第二次世界大戦中に日本人に虐げられた憎悪から、日本人皆殺しを企てる。同様の恨みを抱く各国・多民族の同志たちで構成され、最新科学兵器を導入したり、殺人のプロフェッショナルたちを雇ったりと、莫大な資金力を背景にした作戦を繰り広げた。最終回でも壊滅されずに存続するという、ヒーロー番組のセオリーを破った珍しい悪の組織。女性幹部が多いのも特徴。
死ね死ね団の主な幹部たち
ミスターK
死ね死ね団のリーダー。第二次世界大戦中に日本人に家族を殺され、自らも虐待された。日本人抹殺作戦の陣頭指揮を執る。演じたのは、平田昭彦。
イグアナ
レインボーマンを倒すための殺人プロフェッショナルチームのリーダーで、アフリカからやってきた。演じたのは塩沢とき。母、ゴッドイグアナは曽我町子が演じた。
ドクターボーグ
科学者。戦争中に日本人の軍医に妻を殺されたことで日本人に憎しみを抱いている。演じたのは、長沢大。