恋人は“パンデー”!?
イスラム教と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?結婚前の私は「豚肉が食べられない」という戒律を真っ先に思い浮かべていました。学生時代、イスラム教徒の彼氏と付き合っていた友人が「餃子を食べに行けないのよね……」と、こぼしていたことが強く印象に残っていたのです。ほかにも飲酒禁止、一日に何度もお祈りしなければならないなど、戒律の厳しい宗教であることに加えて、女性の地位が低く家でこき使われるといったマイナスなイメージも持っていました。
そんな私が結婚を決めた相手はイスラム教徒! 国籍はミャンマーですが、ルーツは中国南西部のミャンマーと国境を接する雲南省で、祖父の代に移り住んできたとのこと。ミャンマーの人口の9割は仏教徒ですが、夫の家族はなぜかイスラム教徒。ミャンマーの中国系イスラム教徒は特に“パンデー”と呼ばれ、推定1万数千人ほどの少数派です。
夫との出会いは――。彼は旅行会社のセールスマネージャーで、仕事の関係で私が勤める事務所をよく訪れていました。私がミャンマーに赴任して5カ月ほど経ったある日、「ジュースを飲みに行かない?」と誘われたのがきっかけで付き合うように。毎日、バイクで送り迎えしてくれる彼と近所を散歩したり、公園で話をしたりするデートを重ねながら、その穏やかな性格や、私がわかるようにゆっくり話してくれる優しさに触れ、私はどんどん彼を好きになっていきました。イスラム教徒とは知らないまま……!
彼か、豚肉か……
ある日、デートでパゴダ(仏塔)を訪れたときのこと。ミャンマーの仏教徒はパゴダに行くのが大好きで、誰もが熱心にお祈りします。ところが彼は「初めてパゴダの中に入った」と言い、お祈りもしません。なんとなく不思議に思ったのですが、当時、彼は無宗教だと言っていたので、軽くスルーしてしまいました。その「不思議」が「疑惑」に転じたのは、彼の家でアラビア文字の飾りを発見したときです。「これってイスラム教のものでしょ?」と質問したのですが、「僕は無宗教だよ」とはぐらかされました。それでも疑惑はふくらむばかりで、相談した友人が口コミで調べてくれたことにより、彼が“パンデー”だということが判明したのです。このとき初めて“パンデー”という単語を知った私の心に浮かんだのは、やはり豚肉のことでした。
「中華料理と言えば豚肉でしょ? 中国人なのに豚肉を食べないってどういうこと!?」
いや、そんな疑問よりも、人生最大の選択をしなければなりません。彼か豚肉か、どっちを選ぶか……。正直、最初は少しへこみましたが、私が選んだのは、豚肉ではなく彼。そのころにはもう、彼のことを好きになっていたのです。
その後も交際を続け、いよいよ彼の両親に結婚の許しをもらいに行きました。そのとき、ひとつだけ出された条件、それが「イスラム教への改宗」でした。
もちろん、戸惑いました。いちばん大きかったのは、豚肉のことを含め、断食などのさまざまな戒律に自分が適応できるかどうかという不安です。そんな私の気持ちを軽くしてくれたのは、「改宗と言ったって、もともと無宗教なんだから入信するだけでしょ。豚肉は日本に帰ってきたときにこっそり食べれば?」という母の言葉でした。
改宗を決意してワクワク!
イスラム教では他教徒との結婚を認めていません。しかし、それ以外にも、彼の両親が改宗を結婚の条件にしたのには、大きく二つの理由があります。ひとつは、改宗しなければパンデーコミュニティーから「なぜ、あそこの嫁は改宗しないのか」としつこく言われるから。改宗しないまま結婚すれば、夫家族も私自身も、居心地が悪くなってしまいます。もうひとつは「家族はみんな同じ宗教がよい」という彼の両親の考え方。夫の妹がクリスチャンの韓国人と結婚したとき、夫の母はキリスト教に改宗させたそうです。夫の両親が重んじているのは、宗教の訓えというよりも、家族の絆なのでしょう。その家族の一員となる私はどうすべきか? 結論は決まっていました。
また、夫からも「両親が安心するように改宗してほしい」と言われ、「宗教とは関係なく、親を大切にする気持ちは同じなんだ」と思ったことも、改宗を決意した理由のひとつです。
というように、改宗を決意した理由はあれこれありますが、ひとことで言えば「彼を好きになってしまったんだから仕方ない」という開き直り、でしょうか。
イスラム教では、一生に一度はメッカに巡礼することが大事な務めです。これはメイン・イベントですが、ほかにもイスラム教徒になることでどんな経験ができるのか、改宗を決意した私はワクワクしていました。
仏教徒にはびこる「迷信」
ところが! ミャンマーの仏教徒の友人たちは、私の改宗に猛反対。というのも、仏教徒たちの間では、イスラム教に対する迷信がまかり通っているからです。たとえば、ムスリムの店の看板に書いてある「786」という数字。仏教徒はこれを「7+8+6=21。21世紀はムスリムの世紀にするという意味だ」と噂し、忌み嫌っています。本当の意味は「ピスミラー」という大事なお経を略式で記載しているだけなのに……。また、お祈りの時間にモスクから聞こえてくる「皆で集まってお祈りしましょう」という呼びかけを、「他宗教をやっつけろと言っている」と、本気で思い込んでいる仏教徒もいます。友人たちは「イスラム教徒は妻を4人まで迎えることができるから、浮気されるに違いない」「結婚したら、嫁は家族から叩かれる」「嫁を改宗させると、夫はお金をもらえるから改宗させたがるのだ」といった偏見を並べ立て、結婚にも改宗にも反対しました。ある友人は、私をお坊さんのところに連れていったほどで、お坊さんから「結婚して3年は幸せかもしれないが、その後は現世だけでなく、来世も不幸になる。今すぐ結婚をやめなさい!」と言われ、悲しくなりました。
うんざりしながら、友人たちから聞かされた迷信について話したところ、夫は大笑い。冷静に考えれば、私たちの結婚に反対しているのは夫に会ったことがない人たちばかりで、夫やその家族を知る人は誰も反対していません。それどころか夫の家族を知っている人からは「あそこの両親はとてもいい人だよ」と、結婚を勧められたほどです。
そんなわけで、迷信も偏見も頭から削除。改宗の決意はまったく揺らぎませんでした。
私は10万円で買われた!?
結婚式を5月に控え、4月に改宗しました。と言っても大それた儀式などなく、イスラム教の指導者イマームの読経と、アラビア語で「アッラーを信じます」と3回唱えて終了。その後、パンデーコミュニティーの親戚や友人に食事を振る舞って、改宗を報告しました。すべて夫の母が準備してくれたので、私はただ「信じます」と言っただけです。結婚式は午前中に親戚中心に行い、夜はホテルで披露宴。結婚式ではイマームの読経と説法があり、まず夫と私に3回ずつ結婚の意思を確認し、私の父にも「娘の結婚を認めるか?」と3回確認。その後、夫と私、私の父が結婚誓約書にサインし、立会人の欄に夫の父と親戚がサインして、私たちの結婚が成立しました。
結婚誓約書にはモスクの絵が描いてあり「夫が妻を買う」と書かれています。私は10万円で買われましたが、金額は人それぞれだそうです。また、夫が妻に生活費を渡さないなど、夫としての義務を怠った場合はイマームに訴えることができるとも書いてあり、女性を守っているところが印象的でした。
誓約書にサインした後、親戚一同に食事を振る舞い、親戚紹介とお祝いの品の交換をして午前中の式は終了。夜の披露宴ではウェディングドレスを着て、ケーキカットをして、日本と同じような流れでした。
ちなみに「夫が妻を買う」金額は、男性側ができるだけのお金を用意し、その金額が誓約書に書かれます。おそらく、日本の結納のような風習なのでしょう。一般には5万チャット(約5000円)から10万チャット(約1万円)くらいなので、10万円はかなり高額。