今回は、「ひこにゃん」や「うどん県」など、お金をかけずに全国に大ブームを巻き起こした仕掛け人・殿村美樹氏に、前向きに生きるためのテクニックを聞きました。
「ズラしの手法」でブームを生む
私は、おもに中小企業や自治体が扱う商品やサービス、イベントなどのPR事業を行っています。こうした組織は大手企業とは異なり、おおむねPRに予算をかけられません。予算をかけずに、ニーズやブームを起こす。この難題を解決するために私が用いている手法が、「ズラし」です。場所や時間、ターゲットをズラすことで、それまで埋もれていた商品を売れ筋に、無名だった場所を人気の観光スポットに変えることができるのです。たとえば、2007年に滋賀県彦根市が主催した「国宝・彦根城築城400年祭」のPR事業では、ターゲットを城好き・歴史好きの男性から若い女性にズラしました。これによってメーンキャラクターの「ひこにゃん」が大ブームになり、ひこにゃんのブレークによって、本来のPRの目的である彦根城築城400年祭の知名度も上がり、来場者数はうなぎ登りに増えました。城マニアの男性を直接のターゲットにはせず、かわいいものが大好きな若い女性に焦点をズラしたことで、彦根城築城400年祭のPRは成功したのです。
こうしたズラしのテクニックは、実は商品などのPRだけでなく、個人のものの見方や考え方にも応用することができます。少しだけ考え方をズラすことで、どん底の人生を逆転させることも可能なのです。
「場所」や「人」をズラすと見方が変わる
たとえば、就活がうまくいかない、人間関係がギクシャクするなど「自分の人生がうまく回っていない」と落ち込んだときは、無理やりよそ見をしてみる。現状をちょっと引いて見ることで、落とし穴から抜け出す方法が見つかるものです。私が、最初にこのことに気がついたのは小学生のときでした。そのころ、私の育った家庭は貧しく、父は売れない絵描きでした。母は家族を捨てて出ていき、そのことで父はさらに絵を描く気力を失くし、極貧生活に陥りました。同級生にはいじめにあい、お金はない、友だちもいないという八方ふさがりの状態です。そのころの私は毎日、自殺することばかりを考えていました。
ある日、商店街をぶらついていると、ある商店のおばちゃんが笑顔で声をかけてくれました。「美樹ちゃん、今日はどうしたの?」と。そのとき、自分を笑顔で迎えてくれる場所があることに驚きました。この商店は、自分がいる世界、悩んでいる世界とは違う場所にありました。しかも、自分の世界からそんなに遠くはないところに。
その後、私はそこの店で手伝いをさせてもらいながら、居場所を見つけることができました。小学生なのでアルバイトはできませんが、手伝いで小遣いをいただきました。その小遣いでご飯が買えました。自分のいる「場所」と関わる「人」をズラしたことで、いろいろなことがうまく回り始めたのです。
これ以降、辛いことがあったら、ちょっと引いて考えればいいことに気がつきました。まずは、いま辛く感じている部分はどこだろうと考える(なにが問題になっているのか具体化してみる)。クラス内でのいじめだとしたら、「自分をいじめるのは、日本人の人口約1億人のなかのたった30人だ」と無理にでも自分に言い聞かせます(問題になっていることを切り離し、ズラしてみる)。あとは、いじめる人のいない「場所」に自分が移動したらいいのです。これを契機に次の一歩が見つかるはずです。
会社でも同じです。100人規模の会社で、自分をいじめている人が10人いたとします。だったら、その10人のなかに閉じこもっている必要はないのです。ちょっと横を向いたらもっと広い世界がある。だから、無理にでもよそ見をする。わざと違う場所に飛び込んでみるのです。場所をズラすと、関わる人も変わります。就活が辛いのなら、就活と関係ない場所に行って、いつもの見知った人とは違う人と話をしてみる。それによって、多様な価値観に出会うことができ、自分の思い込みにも気がつくことができます。
ズラしながら言いふらそう!
私は、貧乏だったことや離婚したことなど、恥も外聞もなく自分のことを言いふらします。なんでそこまで……とよく聞かれますが、これはチャンスを見つけているのです。たとえば、学生時代、私は就職先にはそのころの花形であった商社しか考えていませんでした。しかし、就職のために取得した各種資格はまったく役に立たず、受けた商社は数十社にものぼりましたが全戦全敗……。そのとき私は、相談先を大学の就職課ではなく、アルバイト先の仲間にズラしました。「あそこも落ちた、ここも落ちた」「私の資格、いらん言われたわ」と半ば愚痴のように言いふらしたところ、アルバイト先の上司から大手広告代理店を紹介されました。当時、正攻法ではぜったいに入れなかった大企業に、するっと入ってしまったのです。
また、そこで大恋愛をして結婚するも20年で破局。家を出なければならず、愛猫と住む部屋を探しましたが、当時は賃貸でペットを飼えるところはあまりありません。部屋の明け渡しまであと少し……。途方に暮れていた私は、捨て鉢と冷やかしで、話題の高級タワーマンションのモデルルームを見学に行きました。そこで案内の女性に愚痴を言ったところ、彼女も偶然、離婚経験者だったことから大いに励まされ、賃貸並みのローンで部屋を購入することができました。
ほんの一例ですが、このように、私の人生そのものが「ズラし」の連続でした。窮地に陥ったときに場所や人をズラすことで一発逆転、失敗を成功に変えてきたのです。「単に運がいいだけ」と思われるかもしれません。しかし、なにもしないでいたら、私はいま、生きてはいないでしょう。ズラすことで運が開けるのであれば、ズラせばいいのです。
ズラしのテクニックで裏口を見つけよう
この社会を作っているのは人間です。そして、人とどうつながっていくか、これを考えるのがPRの仕事です。PRは、単なる宣伝と理解されることが多いですが、パブリックリレーションズ(Public Relations)の略であり、本来は、組織とそれをとりまく人間とのよりよい関係づくりを指しています。人と人、組織と人がつながる方法は、真正面からだけではありません。裏口だってたくさんあります。落ち込んだり、行き詰まったりしたときはぜひ、ズラしの手法で場所や人、ひいては考え方や見方をズラしてみてください。ズラす考え方を身につければ、私のように、裏口から思いもよらない道が開けるはずです。