忙しい日々の合間、ぽっかりと時間があいたらミュージアムに出かけるのはいかがでしょう? 美しい絵画や彫刻、古物や写真を堪能したあとは、非日常の気分を保ったまま、美味しいものを食べて締めくくれれば言うことなし。ミュージアム専門誌「ミュゼ」の編集長として、全国のミュージアムを巡ってきた山下治子さんに、おすすめの美術館カフェ&レストランを紹介していただきました。
ミュージアムでカフェやレストラン、ショップに立ち寄ろう
ふらりと寄った小さな美術館や、ずーっと訪れたいと願っていた博物館などにすてきなカフェやレストランがあってゆったりと鑑賞の余韻にひたることができたら、とても得した気持ちになりますよね。いやいや、今どきはそのことも見越してミュージアム巡り計画を立てるのが、当然?でしょうか。
私は、ミュージアムがもっと楽しい場になってほしいとミュージアム専門誌「ミュゼ」(1994年~)を編集しているのですが、21世紀に入ってから日本のミュージアムはとても変わったと実感しています。
そのミュージアムの変容を私たちが敏感にキャッチするのは、やはりミュージアムショップ、そしてカフェやレストランですね。展示を見るのが「受動」であるならば、ショップでのお買い物、カフェやレストランでの飲食という日常的な行為は、まさに「能動」。そして、その「能動」的になる場の居心地の良さが、ミュージアムの感動をグッと深いものにし、次への期待となり、お堅くいえば「ミュージアムは社会に必要だな」と認められるのです。
そうそう、ちなみに日本の博物館法の定義では「博物館」には美術館や歴史や自然史の博物館のみならず、動物園、水族館、植物園も入っているのです。展示物が生きているか否かの違いはありますが、公開、収集保存、研究、教育という活動は同じですからね。
では、ここからはミュージアムのカフェやレストランの側面を紹介しましょう。
庭園とカフェ、もうひとつのミュージアムの魅力を引き出す
私のここ数年のお気に入りは、東京都港区青山にある根津美術館の「NEZUCAF」です。2009年に約3年間の休館を経て新しくなったのですが、そのときにこのカフェもできました。野趣に富む広大な日本庭園のなかにあり、ガラス壁のその建物に入ると、まるで木々の緑のなかにすっぽり入っているようになります。和の庭園を眺めつつ、お抹茶ではなくコーヒー、紅茶やサンドイッチ、ミートパイ、ランチなどをいただきます。コレクションは国宝「燕子花図」や中国の青銅器をはじめとした古美術や考古品ですが、和と洋のギャップがまた、美術館の奥深さというか感動の幅を広げてくれるのです。
日本庭園の美しさでいうと、島根県安来市にある足立美術館を忘れてはなりません。同館は、横山大観のコレクションで知られていますが、一方で日本庭園の美しい美術館としても名を馳せています。実際に訪れると本当に目を疑うような美しさで、アメリカの日本庭園専門誌「Sukiya Living Magazine (The Journal of Japanese Gardening)」が、「11年連続庭園日本一」(13年)に選んだことも合点がいきます。そして、とてもすごいことに同館の「喫茶室 翆」は日本庭園が一番よく見える場所に作られているのです。抹茶ラテなど飲み物のほか、季節ごとにかわる期間限定デザートも楽しみです。またコーヒーには「庭師が焼いた竹炭スプーン」が添えられていて、心憎いです。
なお、喫茶室の場所を決めるに当たっては、事業家で日本画コレクターであった創設者・足立全康(1899~1990)氏がまわりの反対を押し切り「そこにつくらなければならない」と通したようです。まさに英断ですね。ちなみに、同館は70年の開館です。当初から喫茶室があったということなので、ミュージアムカフェとしても歴史が古いといえます。
もうひとつ庭園がらみでいきますと、あえてカフェを作らない例もあります。三重県菰野町にある池田満寿夫の陶彫「般若心経シリーズ」で知られるパラミタミュージアム(2003年~)では、敷地内に山野草と石彫作品の散策が楽しめるパラミタガーデンを造っていて、屋内からそこをゆったりと眺められる空間もあるのですが、あえて単なる「休憩室」としています。木調の落ち着いた椅子とテーブルが置かれ、片隅に飲み物の自動販売機があります。以前、創設者で名誉館長の小嶋千鶴子さんにインタビューする機会があったのですが、「ミュージアムは長く続けるもの、経営的に人件費などを考えると難しいし、むしろ飲食は近くのお店に行ってもらったほうがいいので」というお答えでした。さすが、長らくイオングループの経営に携わった方です。敬服しました。
国立民族学博物館と世田谷美術館
前述の3館はいずれも私立でしたので、経営的な視点が活かされていました。では、国公立のミュージアムはどうでしょうか。
国公立で「ミュージアムレストラン」と銘打った最初の館は、ズバリ、大阪府吹田市千里にある国立民族学博物館(1977年~)です。70年に開催された万国博覧会の会場跡地にできた同館は、収集方針や展示の手法などさまざまな新しい取り組みをしたのですが、飲食施設も「ミュージアムレストラン」としっかり位置づけました。利用者へのサービスを高めるために、国立民族学博物館の友の会運営も含めたさまざまな支援事業を担う千里文化財団をつくり、そこで収益事業も行うことにしたのです。当時はホテル系列のレストランがテナントとして入り、その目新しさが話題となりました。
しかし、新たに財団を作るということは、基金など初期にかかる費用が多額なこともあり、ほかの国公立のミュージアムへの波及はありませんでした。
その後、転機をもたらしたのが、86年に開館した東京都世田谷区の世田谷美術館のレストラン「ル・ジャルダン」(LE JARDIN)です。同館は、広大な砧公園の豊かな緑のなかにできた美術館で、アンリ・ルソーなど素朴派や北大路魯山人の作品を所蔵することでも知られていますが、何といっても、展示室から回廊で結ばれたレストランがすばらしい。野外彫刻を配した公園を借景に本格的なフランス料理が味わえるのです。ディナーもあり、また各種パーティーや結婚式もできます。アートたっぷりの空間で結婚式なんて、これはたまりません! 開館したころは、バブル経済時期のグルメブームも相まって評判になりました。もちろん、そこには運営への工夫がありました。飲食施設については、区が100%出資した「せたがやサービス公社」がテナントとなり、同公社はレストラン業務の経験者を新たに採用して経営することにしたのです。もうすぐ30年になりますが、相変わらず人気です。これも、すごいことですね。