タウンジーで出産する!
2013年12月25日。朝方、陣痛らしき痛みを感じて病院へ行くと、「産まれるのは明日でしょう、今晩入院してください」と告げられました。まだ時間があるとのんびり構えていたのですが、夕方、予約しておいた個室を下見に行った際に痛みが強くなり、そのまま入院することに。病室に入るといきなり毛を剃られました。剃毛処置についてはうわさで聞いていたので、抵抗もせず、動揺もせず。しかし、17時に来る予定の主治医は17時半になっても現れず、陣痛は激しくなるばかりで、新米ドクターから「産まれるのは22時前後で、これからもっと痛くなりますよ。帝王切開にしますか?」と迫られる事態に。あまりの痛みに耐えかねて、思わず「お願いします」と言いそうになったものの、主治医が来てから判断しようと踏ん張りました。
義母から「あと5時間も続くんだから、食べておかないと力が出ないよ」と、肉まんを口に突っ込まれたものの、それどころじゃない!
18時前、やっと到着した主治医が「頭が出始めてる!」と絶叫。ストレッチャーでの移動中に頭が出たのがわかり、「出てる! 出てる!」とパニック状態の私に主治医がハサミを入れた途端、ものすごい勢いで飛び出しました! 急に痛くなくなって、聞こえてきたのは「ミャーミャー!」という猫のような泣き声と「ヤウチャーレー(男の子)」という主治医の声。そんな大騒ぎを経て、18時05分、無事、長男が誕生しました!
私がタウンジーでの出産を決めた理由は、夫のためであり、育児のためでした。日本で出産した場合、赤ちゃんと半年以上も会えない夫がかわいそうだし、その後の育児に差し支えると思ったのです。日本にいる母は「行こうか?」と言ってくれましたが、ミャンマー語ができないので、余計大変になると思い遠慮しました。多くの日本人がイメージしている以上に、ミャンマーの医療体制は整っています。私が住んでいるタウンジーの町でも、みんな産んで育てているのだから大丈夫! そんな気持ちでした。
頼りはアッラーと出産情報誌
「可愛い子が産まれるようにアッラーにお祈りしなさい」。私の妊娠を知ったパンデーコミュニティーの人たちからそう言われ、「健康よりも可愛さかい!」と心の中で突っ込みつつ、「健康な子が産まれますように」と願掛けしながらお経を唱えました。アッラーに願掛けする一方で、異国で初産を経験する私が頼りにしていたのは、日本の妊娠・出産情報誌のデジタル版。それには、妊婦健診の内容が10項目ほど紹介されていたのですが、私が受けたのは問診、血圧測定、おなかの触診だけです。一度軽い出血があり、内診と超音波検査を受けましたが、出血がなければ多分やっていません。検査が少ない代わりに破傷風の予防注射を打たれましたが、日本ではしませんよね?
検診費用は、1回につき薬代を含めて6000チャット(約600円)。ただしサプリメントは輸入品なので1万5000チャット(約1500円)かかります。
出血時の超音波検査は5000チャット(約500円)で、この時の画像は2Dだったのですが、その後、病院が4D超音波装置を導入したと聞き、性別を調べてもらうことに。モニターを見ながら、医師が「お尻の間に何かあるのが見えるか? 男の子だ!」と解説してくれたり、心臓がトゥクトゥクしている様子も見せてくたりしたのに、費用は2Dの時と同額でした。
ちなみにミャンマーでは、疾患の有無を調べる出生前診断はないようです。中絶は違法なので、調べる意味がないのでしょう。
町では帝王切開天国!?
超音波検査では逆子ということも判明し、「このままだったら帝王切開」と告げられました。私は自然分娩を望んでいたので「どうすれば治りますか?」と聞いたのですが、医師は何も答えてくれず……。ミャンマーの医師は、すぐに帝王切開を勧めます。なぜなら、自然分娩よりももうかるうえに、時間も短くて済むから。また、手術後のケアに看護師が付きっきりになり、その分費用がかかるシステムなので、看護師も喜びます。ある本によれば、日本の帝王切開率は20%弱とのこと。では、ミャンマーは? あくまでも友人の体感ですが、町の病院で産む人の約半分だろう、と。町の病院で出産する人の正確な人数はわかりませんが、ミャンマーの農業人口は約6割なので、町の人口は約3割。町で出産する人の9割ほどが病院で産んでいるのではないかと思います。
医師だけではなく、一般にもミャンマーの人たちは日本人ほど「自然分娩が良い」とは思っていないようで、「痛くないように帝王切開を選んだ」という妊婦も少なくありません。帝王切開で二人産んでいる友人は「お母さんも楽だし、子どもも安全!」と大絶賛でした。
一方で、産休に入る直前、大きなおなかを抱えてタウンヨー族の村を訪れた時のこと。赤ちゃんを見かけたので「村で産んだの? 助産師さんが来てくれたんでしょ?」とその母親に尋ねると、「簡単だから、助産師も呼ばずに産んだよ」という返事。
え~っ!! 私はそれまで、農村部では助産師さんを呼んで出産すると思い込んでいたのですが、おそらく彼女は村の女性たちの世話だけで産んだのでしょう。そのたくましさに驚きつつ、「私は逆子だから帝王切開になるかも」と伝えると、「おおおおっ、大変ねぇ!」と、逆に驚かれてしまいました。
私が住むタウンジーはミャンマーで5番目に大きな町ですが、そこからたった1時間しか離れていない農村部では、これほどまでに出産事情が違うのです。
逆子を治したゴッドハンド
逆子と告げられた31週目から、情報誌を参考に「足湯」や「お灸」「逆子治し体操」に取り組み始めました。「横向きに寝るのも良い」と読んだので、それも実践。夫は毎日のように「回れ、回れ~」とおなかに話しかけながら、クルクルとさすってくれました。そんなこんなで36週目の定期健診。その日に逆子が治っていなければ、帝王切開の予定を組むと告げられていたのですが、なんと! 頭が下になっていました!
健診の前夜、町を訪れていたマッサージの専門家と夕食を食べた際、逆子治しのツボを刺激してもらったことが、功を奏したのでしょう。食後にレストランで、服の上から軽く揉んでもらった程度ですが、その夜、おなかの調子が悪くなった私は3回もトイレに起きました。これは、マッサージの専門家によれば「好転反応」とのこと。超便秘体質の私ですが、3回もトイレに行ったことで、赤ちゃんが動くスペースができたに違いありません。帝王切開の恐怖から解放された私にとって、それはまさにゴッドハンドだったのです。
お見舞いで卵攻め!?
出産予定日の1カ月前から、ヤンゴンの義母が手伝いに来てくれました。ミャンマーでは、出産や育児の手伝いでお姑さんが息子宅に長期滞在することは珍しくありません。さて、義母がやってくる前、入院に必要なものを医師に確認したところ、「特になし」との回答でした。ミャンマー経験が浅ければうのみにしたでしょうが、タウンジー在住3年の私は、情報誌や友人情報を頼りに、まず自分の入院グッズを準備。義母が来てから、赤ちゃんグッズを揃えました。加えて義母が準備したのは、ヒーターや湯沸かしポット、魔法瓶、炊飯器から、カップやお茶などの来客グッズまで! 病院には暖房設備がなく、ヒーターは必須でした。炊飯器は食べ物を温めたり、煮沸消毒器具としても大活躍。私が想像していた以上にお見舞客も多く、来客グッズも必需品でした。
ミャンマーでの出産準備品として特筆すべきものは、タメイン(女性用の巻きスカート。ロンジーともいう)。産後の出血時、日本では産褥パッドを使いますが、こちらではお古のタメインを15枚ほど用意して対処します。私は出産当日のみタメインを着用しましたが、そんなにたくさん持っていないので、その後は入院中も産褥パッドを使いました。
以上が準備は「特になし」の実情であり、準備段階から泊まり込みで世話をしてくれた義母には、いくら感謝してもし足りません。入院生活も、ミャンマーでは家族の助けがなければ不可能です。病院食などなく、毎日ご飯を運んでもらったり、コインランドリーもないので洗濯してもらったり、見舞客のおもてなしをしてもらったり。
見舞客の数は、みなさんの想像をはるかに超えていると思います。私の知り合いだけでなく、私とは面識のない義母のパンデー仲間までが、アポなしでやってくるのです。長男の誕生を祝ってのことなので、もちろんありがたいのですが、困ったのはお見舞いの品。「おっぱいがよく出るように」と、ほぼ全員が卵を持ってきます。