代表の条件は「責任感」
ハビエル・アギーレはメキシコ代表のFW(フォワード)としてワールドカップに出場し、スペインのクラブチームで指揮を執って評価を高め、またメキシコ代表の監督も2期にわたって務めた。そして2002年、10年の両ワールドカップで祖国をベスト16に導いている。実績は十分だ。アギーレはメキシコのテレビ解説者としてブラジルでのワールドカップをフル観戦した。そして日本代表を「技術はあるが、戦う姿勢に問題あり」と見たようだ。
「国を背負って戦う責任感をもった選手を選びたい」
14年8月11日に行われた就任の記者会見で、アギーレは「責任感」という言葉を繰り返した。どんな状況でも諦めず、どんな強豪でもひるまずに戦い抜く精神力、国を代表して戦っているのだという強い使命感をもった選手でなければ、どんなに高い技術をもっていても、これからの国際舞台で結果を残すことはできないという考え方からだ。
選手を試したブラジル戦
その考えが最もよく出たのが、10月14日にシンガポールで開催されたブラジル戦だった。この試合の4日前に新潟でジャマイカと対戦し、アギーレ監督は現状で考え得るベストのメンバーを送り込んで1-0の勝利をつかんだ。だがジャマイカ戦でアギーレの下で初出場したMF(ミッドフィールダー)香川真司(ドルトムント)が脳しんとうを起こして離脱、ブラジル戦には出場できないことになった。
ワールドカップでは屈辱的な敗退を喫したとはいえ、ブラジルは世界の強豪中の強豪。日本と戦う3日前には、中国の北京でワールドカップ準優勝のアルゼンチンと対戦し、2-0で完勝している。
そのブラジルに香川抜きで挑戦しなければならないというのも痛手だったが、チームには帯同していたもののケガで出場できないDF(ディフェンダー)長友佑都(インテル・ミラノ)に加え、ジャマイカ戦まで3試合でキャプテンに任命してきたFW本田圭佑(ACミラン)まで先発から外したのだ。
「選手たちのキャラクターを見たいと思った。アジアカップのような責任のあるところに呼べるのかどうか。そしてたくさんの結論を見た」(試合後のアギーレ)
この日の先発は、GK(ゴールキーパー)川島永嗣(リエージュ)、DFは右から酒井高徳(シュツットガルト)、塩谷司(広島)、森重真人(F東京)、太田宏介(F東京)、MFは田口泰士(名古屋)、柴崎岳(鹿島)、森岡亮太(神戸)、FWは右から小林悠(川崎)、岡崎慎司(マインツ)、そして田中順也(スポルティング)。
経験豊富といえるのはGK川島(代表61試合)とFW岡崎(82試合)ぐらいなもので、ワールドカップ代表だったDF森重は14試合、酒井高も15試合の出場経験しかない。残りの7人は、デビュー戦のMF田口を筆頭に、すべて3試合まで。しかもこの7人のうちにJリーグでのプレー経験しかない選手が6人いた。
当面の目標はアジアカップ制覇
この選手起用は賛否両論だったが、確かに、本田や長友、香川といった百戦錬磨の選手の中に入れられたら、無意識のうちに頼ってしまい、その選手の本当の「強さ」は見ることができない。
メキシコは、現在の世界で唯一ブラジルに対するコンプレックスの無い国だと、私は思っている。ワールドカップでブラジルのゴールに7点をたたき込んだドイツの選手たちでさえ、「次に対戦したときには……」と不安を抱いているはずだ。ところがメキシコは、ブラジルと対戦してもいつもどおりにプレーできる。コパアメリカ(南米選手権)に定期的に参加し、ブラジルとの対戦経験を深める中で「こう戦えば勝てる」という自信をつかんだからに違いない。
そうしたメキシコ人だから、アギーレはブラジルと対戦する時に変な気負いを持たず、「アジアカップに向けた準備の一環」と割り切ることができたのだろう。
長期的には2018年ワールドカップが目標の「アギーレ・ジャパン」だが、15年1月にオーストラリアで開催されるアジアカップも非常に重要な目標だ。もしこの大会で良い結果を残せず、チームが機能しなければ、これまで20年近くなかった「契約期間中での監督解任」の恐れも十分ある。年内の6試合で選手たちの真の力を見極め、最強チームでアジアカップに臨むことに、アギーレは集中しているのだ。
好みのシステムは「4-3-3」
ではアギーレは、「責任感」を持った選手を集めてどんなサッカーをしようとしているのか。前任のアルベルト・ザッケローニは、主として「4-2-3-1」というシステムを用い、本田と香川を中心とした前線の選手たちを有機的に絡ませてチャンスを生むサッカーを作った。
アギーレの好みは「4-3-3(あるいは4-1-2-3)」システムだ。「アンカー」と呼ばれる選手を守備ラインの前に置き、その前にMFを2人置く。そして前線には3人が並ぶ。
ただしシステム自体に優劣があるわけではない。
ザッケローニのチームでは、左MFの香川が自由にポジションを取り、中央に入って本田と近くでプレーすることにより、右からゴールに向かって突っ込む岡崎だけでなく、左サイドに上がってくる長友にスペースを与えていた。
アギーレのチームの初戦は9月5日のウルグアイ戦(札幌)。前線に起用されたのは、本田、皆川佑介(広島)、そして岡崎の3人だったが、互いの距離が遠く、各選手が孤立して攻撃を作ることができずに0-2で完敗した。この欠陥は4日後のベネズエラ戦(横浜)で少しは改善されたものの、ウルグアイ戦に続き守備で大きなミスが出て2-2の引き分けに終わった。
チームの方向性、成熟度が成功の鍵
アギーレのチームで攻撃が最も機能したのは、相手オウンゴールによる1点にとどまったとはいえ、たくさんのチャンスを作り、シュート20本を放ったジャマイカ戦だ。この試合では、前線の選手たちが90分間相手にプレスをかけたのと連動するように、アンカー細貝萌(ヘルタ・ベルリン)の前にポジションを取った柴崎と香川が豊富な運動量でFWを追い抜いたりサイドに出るなどの動きを見せた。その結果、ザッケローニのチーム以上に多彩でダイナミックなコンビネーション攻撃が見られた。