操縦技術の限界に挑む究極の飛行機レース、「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」。世界トップレベルのパイロットたちが、全幅わずか7~8メートルの小型プロペラ機を駆使し、最高時速370キロで飛びながら、大迫力のターンや高速スラロームを次々披露する「究極の3次元モータースポーツ」だ。
このレースのトップカテゴリー(マスタークラス)に参戦できるパイロットは、世界でたったの14人。このうち、唯一の日本人として戦ってきた室屋義秀選手が、今季、悲願の年間チャンピオンを獲得した!
アメリカでの最終戦から凱旋した室屋選手を、ジャーナリスト・川喜田研氏が直撃。この長く険しかった今シーズンを、そして運命のラストフライトを振り返っていただいた。
日本人初の年間優勝に、王手!
2017年10月15日、アメリカ、インディアナポリス・モータースピードウェイ。「世界三大レース」の一つ「インディ500マイル」の舞台として知られる、北米モータースポーツの聖地は、この日「素晴らしきヒコーキ野郎」たちによる「決戦」のときを迎えていた。
世界最高レベルのパイロットたちが世界8カ所を転戦して王座を争う「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」の2017シーズン年間王者決定の瞬間が刻一刻と近づいていたのだ。
最終戦インディアナポリスの開幕時点で、年間総合優勝の可能性が残されていたのはワールドチャンピオンシップポイントリーダーのマルティン・ソンカ(チェコ、39歳、以下年齢は2017年10月15日時点)。ランキング2位でそれを追う、日本人唯一のレッドブル・エアレース・パイロット、室屋義秀(44歳)、3位のピート・マクロード(カナダ、33歳)、そして、4位のカービー・チャンブリス(アメリカ、57歳)の4人。
ちなみに、2週間前に行われた第7戦ラウジッツ(ドイツ)終了時点で、首位のソンカと2位、室屋のポイント差は4点。仮にこの最終戦インディアナポリスで室屋が優勝しても、ソンカが2位に入れば室屋の逆転はならず、17年の王座はソンカのものとなる計算だ。
荒れる天候の中、最終決戦に挑む!
決勝日は時折、小雨が降る中、強い風が、高さ25メートルのエアゲート(パイロン)を激しく揺らす厳しいコンディション。一周2.5マイル(約4023.4メートル)のオーバル(楕円)形コースを囲むように、最大25万7000人収容の巨大なグランドスタンドがそびえ立つインディアナポリスのインフィールドは気流が不安定で、予測不能な突風が、時に「ミリ単位」の機体コントロールを求められるパイロットたちを苦しめる。
年間王座を争う4人のパイロットもその例外ではなく、1回戦の「ラウンドオブ14」ではピート・マクロードとカービー・チャンブリスがまさかの初戦敗退。
同じく1回戦でいきなり「直接対決」となったソンカと室屋の対戦も、室屋が「インコレクトレベル・フライング」のペナルティで2秒加算。だが、一方のソンカも突風に煽られ「パイロンヒット」で3秒加算のペナルティを受けるという波乱の展開となり、室屋が勝利。
その後、室屋は続く「ラウンドオブ8」も危なげなく突破して、「ファイナル4」に進出。一方のソンカも「敗者復活」を遂げて勝ち上がり、室屋とソンカ、17年シーズンの頂点を争う二人が、この日、再び決戦の「ファイナル4」で相まみえることになったのだ。
09年、日本人初のエアレース・パイロットとしてレッドブル・エアレースに参戦してから6シーズン目の今季(11~13年はシリーズが休止)、室屋はついに「最後の1フライト」で、その「頂点」に手が届くところまでたどり着いたのである……。
2017年、失意の開幕戦から怒涛の巻き返し
「今年は年間総合優勝を狙いにいく!」
17年シーズンを迎えるにあたり、そう、きっぱりと言い切った室屋義秀。しかし、室屋の今シーズンは、決して平たんな道のりではなかった。ここで、最終戦インディアナポリスに至る室屋の戦いを簡単に振り返っておこう。
ワールドチャンピオンシップポイント
レッドブル・エアレースでは、8試合それぞれの順位に応じてポイントが与えられる。
1~10位は上から順に15、12、9、7、6、5、4、3、2、1ポイント、11~14位は0ポイント。
パイロン
レッドブル・エアレースで設置される、コースを形作る布製の巨大な円錐形(高さ25メートル)の標識。特殊な繊維を使用して空気で膨らませており、翼などが接触した場合も機体が損傷しないように作られている。
ラウンドオブ14
決勝日の第1回戦。予選タイムに基づく組み合わせで、14人のパイロットが7組に分かれて1対1でタイムを競う。
インコレクトレベル・フライング
レッドブル・エアレースのルールの一つで、エアゲート通過時に機体が水平から10度以上傾いてしまうこと。1回につき2秒が飛行タイムに加算される。
パイロンヒット
レッドブル・エアレースのルールの一つで、パイロンに機体が接触してしまうこと。1回につき3秒が飛行タイムに加算され、3回の接触でフライト無効(失格)となる。
ラウンドオブ8
決勝日の第2回戦で、準決勝。「ラウンドオブ14」の勝者7人と、敗者のうち最速タイムを出した1人の計8人が4組に分かれて1対1でタイムを競う。
敗者復活
「ラウンドオブ14」の敗者のうち、最高タイムを記録した1人が準決勝の「ラウンドオブ8」に進める。
オーバーG
レッドブル・エアレースのルールの一つで、飛行中の機体にかかる重力加速度が、安全のために設けられている規定の上限の10Gを超えてしまうこと。フライト無効(失格)となる。
エントリー速度違反
レッドブル・エアレースのルールの一つで、スタートゲートを通過する際、規定の速度を超過してしまうこと。1.99ノット超過までは1秒がタイムに加算され、2ノット以上超過するとフライト無効(失格)となる。