中島岳志さんと想田和弘さん。政治学者と映画作家。2018年の春に、それぞれが新しい作品を発表した。中島さんの著書『保守と立憲』、そして想田さんの観察映画『港町』。年齢差5歳、違った分野で活躍するお二人だが、この激動の時代をどう捉えるか? を話し合ううちに不思議と相通ずる部分があると気が付いた。今の私たちに何が足りないか。安倍政治をどう見るか。9条改憲について等々、密度の濃い対談を前編・後編に分けてご紹介する。
「死者のまなざし」の存在
中島 想田さんの観察映画最新作である『港町』(2018年4月公開)を拝見しました。大変面白かったし、僕が『保守と立憲』(2018年、スタンド・ブックス)を書きながら考えていたことと、非常に重なるところがあると感じました。
一つは「死者のまなざし」の存在です。僕は、『保守と立憲』の中で、僕たちが生きる「今」という時間は過去の死者たちが築き上げてきた膨大な「経験知」や「暗黙知」によって支えられているのであり、その「死者の声」に耳を傾けることこそが民主主義や立憲主義を考えるときの重要なポイントである、ということを書きました。だから、『港町』でお墓参りのシーンが出てきたときに、「あっ」と思ったのです。
あの場面では、地元の女性が単に自分の家のお墓を大事にしているというだけではなくて、たまたまその近くに転がり落ちてきた、誰のものかも分からない墓石のことも一緒にきれいに掃除して、お世話しているんですよね。僕たちの社会が失いつつある「死者」の存在が、日常の中に色濃くある光景だと感じて、とても印象的でした。
観察映画『港町』
想田和弘監督作品。2018年4月より全国で公開中。美しく穏やかな瀬戸内海に面した小さな町・牛窓で想田監督は人々と、そして猫たちと出会う。年老いた漁師、町の魚屋さん、浜を散歩するおばあちゃん……豊かな土地の文化や共同体の形。日々の暮らし。彼らの言葉。孤独と優しさ。移り変わる時代の様相が、モノクロの世界から浮かび上がる122分のドキュメンタリー秀作。ベルリン国際映画祭に正式招待された。『港町』公式サイト(外部サイトへ接続します)。
想田 そういうふうに見ていただけるととてもうれしいです。僕はいつも、何も計画せずにどんどん気になるものにカメラを向けていって、そこから何が見えてくるかを考えるというスタンスで映画をつくっているのですが、今回もまさにそうで。お墓に行き着いたのは全くの偶然だったのですが、撮影している時から「これは今回の映画にとって非常に重要な部分になるだろうな」と思っていました。
なぜかといえば、撮りながら「過去に接続する」ような感覚があったからです。その時まで撮影していたのは、漁師が魚を獲り、その魚が市場に行き、小売店に並び、誰かがそれを買って、人や猫の胃袋に収まり……という一連の流れ。この「円環」は、おそらく非常にベーシックな経済の営みで、何百年、もしかしたら何千年という長い間、繰り返されてきたものだと思います。
それが一巡したところで、ちょうどお墓参りする女性に出会った。その時感じたのは、ここに眠っている死者たちも、きっと同じ円環の中にあった人たち、変わらない営みをずっと続けてきた人たちなんだな、ということです。急に時空が飛んだような、そんな感覚を味わいました。僕にとっても、すごく大事な場面です。
中島 お墓の近くで猫に餌をあげている人も登場しましたが、あの「猫」の存在も重要だと思いました。ただ和むというだけではなくて(笑)、想田さんがおっしゃるように、カメラが魚の行方を追ううちに、経済の円環と言うべきものが見えてくるのですが、その円環の最終地点がここでは実は猫に魚を与えるという「贈与」なんですね。漁師から市場、市場から魚屋までは一般的な貨幣経済なのですが、魚屋さんがさばいた魚のアラをバケツの中に入れ、それをもらっていったお客さんが、わざわざ料理して猫にやっているわけです。
つまり、この社会の経済のサイクルのどこかには、マーケットとは違う別の原理が働いていて、それも含めて一つの経済の円環をつくり上げているということを象徴している場面だなと思いました。その「マーケットと違う原理」は、現代社会の主流ではないかもしれないけれど、長い歴史の流れの中で見れば主旋律になるような部分なのではないかと思います。
想田 おっしゃるとおりですね。経済サイクルの中のその「贈与」の部分がなくなった時に、社会は非常に生きにくくなるんじゃないかという気がします。
現代における「経済」というと、なんというか「奪う」イメージですよね。モノを少しでも高く売りつけて自分のお金を増やすことが大事で、「自分の利益は他者の損」というようにイメージされることが多い。でも、本当の「経済」というのはそうではないのではないか。「奪う」経済だけの社会には、あまり楽しい未来は待っていないのではないかと思っています。
牛窓
岡山県瀬戸内市にある漁村で、想田監督の義母の出身地でもある。『港町』及び前作『牡蠣工場』を撮影した場所。