「ハラールやベジタリアン対応をするというのは、野球で言えば、バッターボックスに立っただけのことで、効果が出るかどうかは、あくまでお店次第です。料理がまずかったり、接客が良くなければ、どんなにハラールだ、ベジタリアンだと言っても、売上げは上がりません」
そんな苦言を呈する守護さんが「成功例」として挙げるのが、大阪にある日本食レストラン「祭」だ。野田阪神という繁華街から離れた立地にわずか20席の店で、1カ月の来店者数が4000人を超え、インバウンド比率は93%、そのほとんどは東南アジアからのムスリム観光客だ。最近ではニーズに応えるため、ヴィーガン対応もスタートさせた。
「祭」オーナーの佐野嘉紀さんは元々飲食業界出身。だが、安さばかりが求められる風潮に嫌気がさし、退職して次の仕事を考えていたときに、ムスリムの外国人観光客が日本で食べるものがなく困っている状況を知った。
「もし自分が海外に旅行して食べられるものがなかったら、『こんなところ二度と来るか』と思うはずです。でも、実際に日本に来る外国人の中には、食べられるものがないから母国から持ってきたカップ麺ばかり食べている人たちもいるわけです。困っている人がいるならなんとかしたい、食べてもらうならおいしい日本食を出したいと思って店を出すことにしました」
「祭」の看板メニューは、お好み焼きやたこ焼きなど大阪ならではの「粉もん」だ。お好み焼きソースもヴィーガン仕様の商品を独自に開発するなど、味にはこだわりを持っている。特にそう謳ってはいないがメニューはすべてハラール、しかしムスリムでない日本人が食べても気づかない、いい意味で「普通のおいしさ」を提供している。
ハラールやベジタリアン対応をするとコストや手間がかかるのでは、という疑問に対し、佐野さんは次のように答える。
「食材や調味料を通常用、ハラール用と二通り揃えるのではなく、すべてハラール用に統一すれば過在庫のリスクも減ります。探せば安い商品もありますし、コストや手間が特別大変ということはないですね。多少割高な価格にはなりますが、お客さんの方も『ハラールだから』『ベジだから』と納得してくれているのが有り難いです」
集客の中心は客自らが発信するSNSで、「SNSで情報発信をすると5%オフ」というサービスも行っている。昨年11月には2号店となる「MINATO」を横浜にオープンしたが、大阪と違い、観光客より在住外国人の比率が高く、ベジタリアンも含めた日本人客も多い。職場の親睦会などで「ひとりだけムスリムがいるから」と来店するケースもあるといい、より日常性のあるフードダイバーシティの場となっている。
「お客さんの反応がすごく良いので、現地ではどういう日本食が提供されているのかが気になって」と視察に行った佐野さんは、海外でも日本食の需要は高いのに、それに応える十分な味やサービスが提供できていないことを知ったという。「日本国内だけではなく、2021年以降はマレーシアやインドネシアなどを手始めに、海外展開をしていきたい」と佐野さんは意欲を見せている。
日本人は多様な食卓を許容できるか
日本食という、世界でもユニークな食文化を求めて、大勢の外国人が日本を訪れている。様々な事情で「〇〇が食べられない」という人に「じゃあ、何も出せないね」と言うのか、「そんなこと言わずに食べてみてよ」と押し付けるのか、それとも「だったら、何が食べられる?」と歩み寄るのか。「祭」の佐野さんは「僕は英語は苦手」と言うが、問われるのは必ずしも語学力ではなく、「せっかく日本に来てくれた人が困っているなら助けたい」という、それこそ「おもてなし」のスピリットである。
何より、食卓を囲んでおいしい料理を食べる楽しさは万国共通だ。ラグビーワールドカップやオリンピック・パラリンピックを前に、ダイバーシティへの待ったなしの対応が迫られているのは「食」に限らないが、「おいしさ」や「楽しさ」を切り口にする「フードダイバーシティ」は日本が多様な世界へと開かれていく第一歩となっていくだろう。
「ハラールフード」
「ハラール」は合法・適法という意味のアラビア語。ハラールフードはイスラム教の教義に照らして許されている食物のこと。
ヴィーガン
食事だけでなく革やウール、シルク等も使わない等、生活全般において動物性由来のものを使わない人を指す。食生活のみの場合は、「ダイエタリーヴィーガン(dietary vegan)」と呼ばれる。
「素食(そしょく)」
中華圏のベジタリアンで、五葷(ごくん)と呼ばれるにんにく、ニラ、ネギなど匂いの強い野菜は食べない。