暮沢 失敗したときに大事なのは、記録をちゃんと残して、責任の所在を明確にし、その責任を取るということ。そして、その失敗から学ぶということです。日本は、そのいずれも欠落しているという気がします。たとえば、大きな原発事故の現場となった福島には、国の予算でつくられた「東日本大震災・原子力災害伝承館」という県の施設があります。震災の記憶を語り継ぐということが目的ではあるのですが、事故については天災の側面が強調され、本格的な事故原因の検証はなされていませんでした。
吉見 近代以降の日本にとって最大の失敗は、アジア太平洋戦争だったと思います。しかし、どのように日本が失敗したのか、何が原因で、その結果、何が起きたのかをしっかりと検証して子どもたちにもわかりやすいように示す国立博物館は、日本にはありません。事故や災害、失敗のミュージアムをつくるという問題意識がキュレーターの側にも必要だし、またそれを国や自治体が支えることができれば、日本はもっと成熟するはずです。実際に実空間でミュージアムを建てるのは、いろいろな制限があってすぐにはできないかもしれませんが、デジタルミュージアムだったら、制度的な規則にもあまり縛られずにできるのではないでしょうか。大失敗のデジタルミュージアム構想は魅力的です。キュレーションを、デジタルやバーチャルのほうに拡張していくと、可能性が広がりますし、そんなミュージアムも現実化できるかもしれない。
暮沢 歴史的な経緯で言うと、ミュージアムというのはモノを展示する施設として発達してきて、ITの発達によって、バーチャルミュージアムという発想が出てきました。吉見さんの提案は、最初にバーチャルで展開していって、そこでうまくいけばリアルに状況を落としていくという逆転の発想ですね。たしかに、いまはそのほうが実現の可能性が高いかもしれません。
記憶のキュレーションとしての街歩き
吉見 もう一つ『拡張するキュレーション』の中で興味深かったのは、ツーリズムの話とも関わってくる「『地域』のキュレーション」の章でした。越後妻有(えちごつまり)の「大地の芸術祭」など、各地で芸術祭やアートフェスティバルが行われるようになってきています。ミュージアムの外側に広がっている都市や地域をキュレーションするときに、ミュージアムで培っているノウハウが役立つということですよね。
暮沢 地域で開かれる芸術祭は、構図としてはツーリズムの一種で、限界集落などに観光客が来て、お金が落ちることで地域の振興が図れるということも目的の一つです。けれども、あちこちで芸術祭をやるようになると差別化が難しくなってくる。そこでポイントになってくるのは、地域の魅力をどれだけ引き出せるかということです。たとえば通常の美術館内での展示とは違って、町の広場や廃屋などに作品を展示する。そうした空間と作品が出合うことによって、「異化効果」が生まれ、それまで見えてこなかった地域の特質が見えてくる。越後妻有の「大地の芸術祭」でしたら、新潟県中越沖地震で被災した民家や、廃校になった校舎を舞台に作品を展示することによって、かつての地域の記憶がそこから蘇ってくるということがありますね。
吉見 それは、ミュージアムの中ではできないことだと思います。ホワイト・キューブのミュージアムの空間は、そうした土着的な記憶を消しさってしまいます。そのものが元々置かれていた環境から隔たりが生まれてしまうからだと思うんですね。私が昨年刊行した『東京裏返し』(集英社新書)では、都市全体がミュージアムだという発想を基に、「都市のキュレーション」を試み、東京の中でも古代からの歴史的な土地である上野台地から本郷台地あたりの一帯を主に取り上げました。そのときに重要だったのは、その場所がもっている土着的な記憶への回路をどのように構築するかでした。歩いて都市を味わっていくと、なぜこのミュージアムにこの作品があって、なぜここに墓があって、なぜここに商店街があるのかということが見えてきます。それらを連続的に経験することができれば、その都市のある種のツーリズムが非常に充実したかたちで成立すると思います。
社会のキュレーションは可能か
吉見 ミュージアムのキュレーションから始まって、地域/都市のキュレーションというところまで拡張してきたと思いますが、もっと拡張して社会のキュレーションというのも考えられるのではないでしょうか。私の意見では、1970年代ぐらいまでであれば、人の移動を「美しい日本と私」というあるイメージの中に囲い込んでいった旧国鉄のキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」は、成功した日本社会のキュレーションでした。さらに地球大のキュレーションとしては、ピースボートがよい例じゃないかと思います。ピースボートは人を集めて世界を一周する中で、さまざまな出会いや人との交流を生み出しています。
暮沢 私は「ディスカバー・ジャパン」を直接知っている世代ではないのですが、何年か前に見た展覧会は、キュレーションという観点から見てもたしかに面白かったです。また地球全体のキュレーションということを考えると、『拡張するキュレーション』の最後に例に挙げた、スチュアート・ブランドによってアメリカで刊行された雑誌『ホール・アース・カタログ(WEC 全地球カタログ)』(1968~1974)がそれに当たると思います。この雑誌は、新しい生き方を求めた当時のヒッピー世代に向けて、「全体システムの理解」「コミュニティ」「遊牧民族」といった独自の観点から、便利な商品を網羅的に紹介しようとしました。「対抗文化のDIY百科」として位置づけられる同誌は、新たな価値を生み出す生き方を提示したのだと思います。
ホワイト・キューブ
壁面が白く、装飾や凹凸のない均質的な展示空間。1929年に開館したMoMA(ニューヨーク近代美術館)で採用され、近代的な展示空間として一般化した。