今年(2024年)9月、裁判所は、犯行着衣とされた「5点の衣類」は捜査機関の捏造であると断じて、袴田さんに無罪を言い渡した。画期的な判決だと言う人もいた。しかし、筆者にはそうは思えなかった。そんなことは分かっていた。50年以上も前、検察が法廷に衣類を提出して間もなく、袴田さんは、その捏造を見破っていた。秀子さんに宛てた手紙の中で「前代未聞の権力犯罪」だと書いている。当時の裁判官に袴田さんの眼力があれば、こんな冤罪は生まれなかったのだ。
検察は、有罪判決を得るためなら、捏造でもなんでもする。その一事実を証明するために弁護団は半世紀以上を費やした。しかし、とにかく雪冤は果たされた。ふり向けば、未だ無罪判決にたどり着けない多くの冤罪事件が列をなしているのが見えるはずだ。
ドキュメンタリーで冤罪を伝えたいとき、多種多様な問題点のどの部分を掬いとるのかは、制作者の視点によるだろう。「人質司法」、「証拠開示」、「再審法改正」。そして雪冤後の人権問題もある。しかし、どこから攻めても、壁は限りなく高い。始めてしまったら、延々と終わりの見えない取材になることを覚悟しなければならない。僭越を承知で言えば、映画『マミー』の作り手も今、その入り口に立ったということである。
*著者が袴田巖さんの冤罪事件を取材したドキュメンタリー番組「死刑囚の手紙」(1998年、毎日放送)は、YouTubeチャンネル「MBS NEWS」(外部サイトに接続します)で公開されています(編集部)