経営者こそ文学を読むべき?
上田 岩尾さんの『世界は経営でできている』の中で書かれている経営の定義が面白かったんです。一般的に経営というと、会社の経営のことで、やっぱりいかに金を儲けるかというイメージになりますよね。でも、この本の経営の定義はそれとは違う。誰もが人生においての「経営者」なんだよと。人生を経営する当事者の視点で、世の中をシミュレーションするように書かれた本なんですよね。
岩尾 そうですね。人生という経営の失敗の悲喜劇を書くことで、みんなが当事者だし、誰もが世の中の生きづらさを作っている、うっすら加害者であることも描きたかった。いま、みんな、なんとなく被害者だという思考で物事を判断しているけど、実は加害者でみんなが当事者であるという視点がないと、世の中変わらないんじゃないかなと思ったんです。
上田 本には「経営学は文学の力を借りないと進歩できない」とも書かれていますね。それは、岩尾さんがさっき話した小説を創作してきた経験からそう思ったんですか?
岩尾 もちろん、僕自身が文学好きということもあります。ただ、それ以上に、いまの「経営学」があまりにデータ分析とか、客観的であることにこだわり過ぎているのではないかと。文学のように主観で物事を見る視点が必要だと思ったからです。
上田 それこそ僕の〝主観〟に過ぎないかもしれませんが、日本の会社の特にスタートアップ企業の一部の方々は会社を上場企業にすることがゴールで、その先のビジョンがない気がするんです。
岩尾 でも、それだと会社を経営しているとは言えないんですよね。小説家の上田さんが目の前にいるから言うわけではないですが、やっぱり経営者が小説を読まないからですよ。ただ、ベンチャーでもいい経営者は文学に興味があると思います。僕の知っている実業家の山本孝昭さんは、小説読むの大好きですからね。
上田 たしかに、僕も第一線で活躍している経営者ほど文学を読んでいるという印象を持っています。前に僕の「太陽」(『太陽・惑星』新潮文庫)という作品が大好きだとおっしゃっていた、仕事で付き合いのあった老舗上場企業の経営者の方もいました。
岩尾 いや、実は僕もいまこんなふうに「経営者は~」とか語ってますが、最近、会社の社長になることが決まったんです。
上田 そうでしたか!
岩尾 自分がその立場になることが決まってわかりますが、ものすごいプレッシャーがかかるわけですよ。失敗できないし、不安なことだらけで、そういうときに、小説を読んで他人の考えや思想や人生に入り込めるのは精神衛生上とてもいい(笑)。これは、これから自分が社長になることが決まってからの実感で、いま話しているので説得力あるはずです。
上田 そうか(笑)。たしかに仮想体験を増やしてゆくと、自分の立ち位置や、いま置かれている場所なんかを俯瞰で客観的に見ることができますよね。
岩尾 たとえば小説の例で言えば、読んでいるときは他者の主観に入り込むわけですね。それで、読み終わると小説の中で経験したことを自分の主観にフィードバックできる。この主観と客観を行き来できるのがいいんですよ。
上田 経営だと、どうしても分析や数字といった客観性が大事というところがありますね。
岩尾 ええ、いま経営学が、客観的にとにかく数字で表れたものだけで判断するような流れにあるんです。主観は徹底的に排除です。でも、そんなことしていると経営者や従業員のメンタルは持たない。あと、いろんな人の人生をトレースできるんで、実際に自分の身にいろんなことが起こっても、そんなに絶望しなくて済むというのも大きな効用だと思います。
上田 小説を読むことで、主観的経験の蓄積が増えて精神を養えるぞと。
岩尾 そうです。もう一つは、経営というのは、言葉を作る必要があるんです。
上田 わかります。僕もいまIT企業の役員をしながら、他の経営者の相談を受けさせてもらうことがあるんです。そこで、会社のトップのほうにいる方と話していると、会社の売り上げは順調でも、自分の会社の強みが何なのか、いまの社会の中で何が際立っているのかを言語化できていない方が多い。言語化できないゆえに、波及力がなくて経営が伸び悩むということがある気がします。
岩尾 会社のホームページとかの「企業理念」の社長の言葉とか、〝ITの力で社会を豊かに〟みたいなのばっかり(笑)。あれは、どっかで決められた標語ですか? とツッコミたくなる。
上田 その会社の理念や指針をきちんと言語化することは、働く従業員にも必要でしょう。単純にもったいないと思います。
岩尾 そうですね。だから、経営者がその会社の従業員みんなが燃えるような、または納得できる深い言葉を発することができるかどうかは問われますね。そこから、さらに、みんなが信じられる成長のストーリーを言葉で作ることができれば、社員も豊かになり、株主も納得させることができる。言葉の力は経営にかなり影響します。本当に真剣に経営と向き合うなら、文学は間違いなく基礎教養として必要になるんです。