岩尾 人気者が言っている内容の空虚さに気づかなくても、さすがに空虚なことを言っている人気者が次から次へと変わっている、このスピードの速さには気づくんじゃないか。あまりに瞬時に〝注目〟も変わるし、ネットとかはとにかく情報の速さが勝負ですからね。この速さは疲れますよ。数年前に、宇野常寛さんが『遅いインターネット』(NewsPicks Book)というタイトルの本を出していたけど、これからは〝遅さ〟というのが価値になる気がします。
上田 おっしゃる通りで、僕は小説を〝遅効性のメディア〟だと思っているんです。小説は、ネットのように〝速効性〟はないんだけど10年後、20年後も作用する力があるんじゃないかと。実際、「太陽」でデビューしてかれこれ11年以上が経ちましたが、いまだに新鮮な驚きを得たという感想をいただくことがあります。あの作品の世界観は、当時は荒唐無稽と受け止められがちでしたが、いまのほうが広範に受け入れられている印象もあります。
岩尾 そうですね。もう〝速効性〟の時代ではないですよ。そろそろ、次の段階にきていると思うんです。その一つが〝遅さ〟で、これからはじっくり腰を据えて長時間集中できるものが価値になるんじゃないかな。それは、ネットではなく紙の本になるんじゃないですかね。ただ、ビジネス書だとネットメディアと変わらなくて、情報をコンパクトにまとめているだけという側面があるので、小説などあくまで他者の主観に入り込む、感情移入できる物語として提示するメディアが希少価値になる可能性がありますよ。小説は抜粋はできても、ネットメディアのように部分的に見ても意味がないし、全体をある程度の時間をかけてゆっくり読む必要がありますから。
上田 そうなれば小説家としては嬉しいですね。
出版社は「純文学部門」を持っておくべき?
上田 たしかに文学では主観というのが大事だし、小説家も「遅効性」を信じて射程の長い作品を発表する必要があるんだけど、最近は、大きな賞を受賞できるか否か、すぐに売れるか売れないかというわかりやすい指標に寄りかかり過ぎかなと感じることがあって、特に新人の方はやりにくそうに見えます。
岩尾 いま、世の中全部がマーケティングに支配されてしまっていますよね。だから自分が書きたいもの、伝えたいものより、バズらせることが優先してしまっている。僕の『世界は経営でできている』は、すごく売れたんだけど、語り口はいわゆる〝冷笑系〟なんですよね。でも、僕自身の性格はそれとは真逆の〝熱血系〟なんです(笑)。というのも、その前に出した『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)は子供向けなんだけど、熱いことをたくさん書いたんです。ただ、この本がそこまで売れなかった。だから、『世界は経営でできている』では、時代に合わせてマーケティングして文体を変えた。成功した面はあるんだけど、すごく誤解されてしまっている。〝冷笑系〟の文体が受けつけないとか言われてアマゾンレビューで叩かれたり……。
上田 そういう売れ方で苦しいのは、もう一回、同じような本の依頼が、出版社からくることですよね。
岩尾 僕は全部、断りましたね。
上田 僕もいままでの小説で、すごくわかりやすい表現を取るより、その作品に必要であれば、わかりにくさや雑味みたいなものを排除しないで書いてきました。最近では、読者の間口を広げようという意識は強くはなってますけど、作品の核になるもの、太い芯のようなものはきちんと残して読者に手渡したい。
岩尾 純文学だとそこは問われますよね。だから、自分の経験としてもマーケティングでずっとやっていくのはかなりしんどいなと思います。
上田 ぶっちゃけて言えば 本来、純文学は売れる必要ないですからね。
岩尾 でも、そう言ってしまうと、出版社の人は困るでしょ。
上田 だから資本主義下で活動する礼儀として、内容を寄せるのではなく、売れたいポーズは取るし、そのように行動はする(笑)。より多くの人に読んで欲しいとは思いますが、それはそうじゃないと届かない層もあるだろうと思うからです。ただ、純文学が時代に合わせて、売ろうとしてマーケティングで作品を書いてしまうと存在意義がない。でもそれと同時に、文学という殻に閉じこもっていてもいけない。
岩尾 それでいえば、出版社の経営者に言いたいことがあります。
上田 とおっしゃいますと?
岩尾 出版社の「純文学部門」というのは、経営学的にも必要不可欠なんだということです。それは、経営というのは必ず「市場の論理」と、「非市場の論理」のふたつで動くんです。「市場の論理」というのは、利益を上げること、それは当然ですよね。
上田 売り上げがないと、会社は存続できないですからね。
岩尾 でも、「市場の論理」の一方で、会社は「非市場の論理」も抱えておく必要がある。純文学は「非市場の論理」にぴったりの文化部門です。たとえば、文化庁なんかともつながりができる。
上田 すごい実践的な話だ。
岩尾 ええ、これは、高尚な話とかではないですよ(笑)。政治家の中に純文学が好きな人がいる。実際いますからね。そこにつながりができる。そうすると、純文学の文芸誌をきちんと出していることが会社のメリットになるんですよ。それは、いざその会社が「市場の論理」でうまくいかなくなったときに有効になる。政治家が、あの会社は文化部門が充実している、文芸誌を出している、潰れてしまうと文化面でマイナスになるので、お金を出そうという発想になるんです。市場で失敗した場合、「非市場の論理」を持っている会社は潰れにくい。ビジネス用語で「レジリエンス」と言いますけど、会社の安定性が非常に高まるんです。そのためには、純文学が必要なんです。