なされるがままという状態にある間、僕は以前名古屋で観たアルゼンチン・スペイン合作のコメディ映画のことを思い出していた。「笑う故郷」(2016)というその映画では、ノーベル文学賞を受賞した作家が故郷の町の名誉市民に選ばれる。彼はヨーロッパから帰国し、町を挙げての大歓迎を受ける。ところがこの後大変な目に遭うのだ。自分の記念碑が除幕式の翌日にはペンキをかけられ、しまいには元恋人の夫と息子に猟銃で追われてしまう。人々の思惑、欲、妬みが絡まって爆発するのだ。もちろん、ここではそんなことが起こるはずもないが。
そういえばさらに昔、テレビで観たコロンビア映画に、思い込みをテーマにした作品があった。「インド大使」(1986)というコメディで、コロンビアの田舎町を訪れたコロンビア人の男がインド大使と間違われ、さんざん歓待を受け、知事の娘と恋に落ち、その後偽物とわかって逮捕されるというストーリーだ。本人が誰かを騙そうとしたのではなく、周囲が勝手に思い込んだせいで共同体全体が思い込みの沼にはまるのだ。主人公がなぜかカンツォーネの「オー・ソレ・ミオ」をイタリア語で朗々と歌う。その歌声が今も耳に残っている。全体として抱腹絶倒の内容だったので、ビデオに録画してスペイン語の授業で学生たちに見せたが、自分が面白がっていたために、学生たちの反応がどうだったか覚えていない。
歓迎式とインタビューを終え、空腹を覚えた頃、広場から少し南に下ったレストランに移動して、豚肉料理とパパ・ネバーダ(塩ジャガ)を注文した。クリスティアン、マリアナ、彼女と同じ文芸クラブのメンバーのダニエラ、ローカルTV局の人たちは、アヒアコを注文していた。アヒアコとはジャガイモと肉を煮込んだシチューだ。キューバにもこれに似たのがあった。クリスティアンが大声で塩ジャガの説明をする。レストランでも日差しがガラス窓越しに容赦なく照りつける。

アレパ(とうもろこしのパン)とパパ・ネバーダと豚肉 撮影:篠田有史
熱すぎる歓迎や、突然始まるインタビューに応じているうちに、3時間も経過していた。待たせてあるハイヤーは大丈夫なのだろうか。僕が行きたいところは、とにかくシパキラ高校、ガルシア=マルケスが通った国立高校なのだ。
ガルシア=マルケスが15歳の頃、両親は経済的には困窮していて、子どもも多く、奨学金がなければとても進学できない状況にあった。そこでガルシア=マルケスは首都ボゴタに向かうことを決心し、蒸気船でマグダレナ川を遡り、汽車で山を越える。だが、太陽が輝く海岸地方とは異なるボゴタの空気に絶望的になる。しかし、ここで運命的なことが起こる。蒸気船の船上で、カリブ出身者と即席の楽団を結成し、ボレロ(キューバ起源の恋愛歌謡)を披露したところ、いたく感激した男がいた。恋人にこのボレロを贈りたいというので、ガルシア=マルケスは快くその歌詞を書いて手渡した。すると代わりに豪華な装丁のドストエフスキーの『分身』が贈られた。実はその相手こそ、彼の運命を決める奨学金の担当者だったのだ。男はアドルフォ・ゴメス=タマラといい、ボゴタで受験の受付のために並んでいたガルシア=マルケスに声をかけた。こうして彼は奨学金試験を受ける機会を得るとともに、背水の陣で臨んだ試験に見事合格し、新設されたシパキラ国立男子高校への入学が許されるのだ。
僕たちはその高校に向かう途中で、ケベド・ソルノサ博物館に立ち寄る。作曲家で、シパキラ国立男子高校の音楽教師だったギジェルモ・ケベド・ソルノサの邸宅を保存し、博物館として一般公開したものだ。少年ガボ(ガルシア=マルケスの愛称)は、この家に出入りを許され、クラシック音楽を知ることになる。彼は生涯音楽を友として小説を書いた。この博物館でも学芸員が丁寧に一部屋一部屋案内してくれた。ここには今日が誕生日という猫がいて、首に飾りの花輪がついていた。猫は、今日は自分が主役とばかりに僕の脚に体を寄せてきて、スッと去って行った。

学生時代にガルシア=マルケスが弾いていたピアノ(ケべド・ソルノサ博物館) 撮影:篠田有史