実は、前日の夕方、このホテルを訪ねようとして車でこの下町を訪れていた。午後の5時はバス・オートバイ・乗用車・人が入り乱れる大渋滞だった。路肩には、茅葺屋根の荷台に大きなアボカドやココナッツ、バナナ、オレンジ、パパイヤなどを山積みにした業者が来ているので、その周囲に人が買い物に集まっていたりして、混沌は活気に満ちていた。乗合バスの運転手が、この渋滞を利用して運転席の窓から馴染みらしき露店商に声を掛け、車をノロノロ走らせながら買い物をしていた。そのうちいつしか袋小路のようになっている場所に入り込んでしまった。本当はその先に目当てのホテルはあったはずなのだが、だんだん暗くなっていくし、スマートフォンのナビもこの混雑ぶりは伝えてくれなかった。ホテル・サン・ニコラス・コロニアル探しは一旦あきらめて、翌日の明るいうちにまた来ることにした。そして、日没前に訪れるべきもう一つの場所、マグダレナ川に向かった。

自動二輪は免許不要のため、バイクが多い 撮影:篠田有史
日没直前にマグダレナ川左岸の川べりに到着した。西の方角にはまだ明るみが残っている。川べりは整備され幅の広い遊歩道になっていて、人々が散歩を楽しんでいる。この川は支流が多く、湿地帯を作っていたりするが、下流ともなると姿も変わり、本流らしくとうとうと流れている。かつて、コロンビアの沿岸地域を取材した記者の藤原章生さんは、大陸からカリブ海に注ぎ込むこの大河の光景に感動したと言っていた。映画「コレラの時代の愛」(2007)のエンディングで、陽光を反射して金色に染まる大河だ。だが夕闇迫る今、水の色は茶色く濁り、水草が浮いている。何人かの釣り人が、川に迫り出すように小舟を浮かべて魚を捕るそばを、ゴイサギとシラサギが水面すれすれに飛び回っている。そして、水草の上に止まる。異なる種類の鳥同士が、止まる場所を巡って牽制しあっていた。水は有機物を相当含んでいるのだろう、植物の腐敗した匂いがする。きっとこれが沃野を作るのだ。

マグダレナ川は湿地帯を蛇行して流れる(手前が上流)撮影:篠田有史
夜は、ガルシア=マルケスが年上の仲間たちと訪れていたレストラン=バー「ラ・クエバ」で食事をすることにしていた。ここは現在「ラ・クエバ財団」の管理下にある。ガルシア=マルケスを目当てに訪れた旨を店員に伝えると、まずは奥の資料室に案内してくれた。四角い部屋の壁面には写真が展示してあり、ミニシアターになっているこの部屋で、バランキージャ・グループとラ・クエバに関するモノクロの短編映画が上映された。上映の際、音声は英語かスペイン語かどちらがいいですか、と聞かれた。ラ・クエバにはガルシア=マルケスやバランキージャ・グループファンが各国から集まって来るのだろう。バランキージャ・グループとは、文芸愛好家の集まりで、毎晩のように書店やカフェに集まっていた。ラ・クエバもその一つである。本でしか知らなかった実験映画「青いロブスター」(1954)が、アルバロ・セペダ・サムディオやガルシア=マルケスらこのグループによって撮られていて、部屋には映画のスチール写真があった。青いロブスターというのは本当にいるようだ。でもモノクロでは色がわからない。

レストラン=バー「ラ・クエバ」 撮影:篠田有史
店ではなるべく当時の雰囲気を留めようと、白と黒のチェッカーボード柄の床を残しそのまま使っている。メンバーと交流があったシュルレアリスムの画家にダリ並の変人だったバルセロナ出身のオブレゴンがいる。彼は、当時、今や世界的画家として知られるボテロが現れるまでは、コロンビアで最も有名な画家だったというが、その破天荒ぶりは語り草になっている。彼はサーカスの一座から象を借りてこのバルにやってきたばかりか、ふざけすぎて仲間を怒らせ、ライフル銃を発砲させたこともあったそうだ。その象の足跡が店の前にブロンズで再現されており、銃弾で穴が二つ開いた絵も今では展示物の一つとなっている。バランキージャはカリブ海沿岸の最大の都市であるが、歴史は浅く、移民も多かったことから、新しいものを受け入れる自由で明るい土地になっているようだ。それに、ガルシア=マルケスも好んだ世界的に有名なカーニバルの地でもある。