
アラカタカ駅 撮影:篠田有史
アラカタカ駅に着く。どこか見覚えがある。スペイン映画「エル・スール」(1983)に出てくる畑の中の線路と駅を思い出す。本当は短篇「火曜日のシエスタ」で母親と幼い娘を運んでくる汽車が似合うところだが、今はディーゼル車がもっぱら貨物列車を引くだけだ。それでも20年ほど前にガブリエル・ガルシア=マルケスが80歳の誕生祝いの臨時列車でサンタ・マルタからアラカタカまで3時間をかけて妻メルセデスとともにやってきたという。旅客鉄道を復活させてほしいという住民の期待もあるらしい。ガルシア=マルケスの生誕100年は2年後に迫っている。
ここで待っていてくれたのは長身で細身の青年ロドルフォだった。彼は僕たちを爽やかな笑顔で迎えてくれた。毎回予想していなかった人物が現れる。肌の黒い彼は、シエラ・ネバーダ・デ・サンタ・マルタ出身だという。

青年ロドルフォと 撮影:篠田有史
駅舎はいつも手元に置いていた『ガブリエル・ガルシア=マルケスの肖像』などに収録されている写真で見慣れているのと見かけは同じだが、間違いなくきれいになっている。線路には雑草も生えていない。ここにはベルトルッチの映画「暗殺のオペラ」(1970)とは逆に、未来に向かう時間が流れているようだ。駅舎に貼られていたポスターは、2017年に改良工事があったことを明かしている。「ようこそ この象徴的な地を巡ってマコンドを旅しよう」というキャッチコピーが人を誘う。
駅舎の椅子に紺色の制服を着た男性が二人座っている。駅前に置かれている大きな像は『百年の孤独』の登場人物レメディオスみたいだ。とはいえ僕のイメージするレメディオス像とはかけ離れている。それでも背後にシーツらしき付属物があるので、やはりレメディオスなのだろう。この女性の身体にも作りものの黄色い蝶が何匹かまとわりついている。

蝶をまとったレメディオスの像 撮影:篠田有史
「黄色い蝶はいるんだろうか?」とロドルフォに尋ねてみる。「いますよ。この花は蝶が好むのでこうして植えてあるんです」と言って、駅の花壇の赤いイクソラを指差した。イクソラは小さな筒状の花がまとまってこんもりとした房を作る熱帯植物で、ここのは鮮やかな赤い花を咲かせている。「それから向こうの水たまりには、蝶がミネラルを求めてやってくるんですよ」と言って、踏切のそばの水たまりを指差した。蝶は朝やってくるらしい。真面目そのものの彼が言うのだから、多分本当なのだろう。それでも僕はまだ半信半疑だ。
日差しが強いので駅舎に戻り、ベンチに腰掛けて話をする。そのうち、制服の一人がバイクに跨り去って行った。そのあとしばらくして、残った一人が、さあ仕事だというように立ち上がり、ヘルメットを被りながら駅のそばの踏切の前に移動した。そう、まもなく列車が来るのだ。制服の二人は踏切番だった。
列車は、昔は「火曜日のシエスタ」の母親と娘を運び、人とバナナを運び、『百年の孤独』ではストライキを打って政府軍に虐殺されたバナナ労働者の死体3000人分を運んだが、今は多国籍企業が採掘した石炭を貨車に積んで運んでいるという。アラカタカより内陸に露天掘りの炭鉱があるのだ。
ついに列車が南からやってきた。3輌のディーゼル車に繋がれた貨車が、駅前そして踏切を次々と通りすぎてゆく。きっと長いのだろうと予想してすかさず動画を撮る。予想は当たっていた。動画を再生して数えてみると、貨車が150輌も繋がっていたのだ。見たことのない長さ、ディーゼル機関車1輌×貨車50輌×3! 子どもの頃、東海道線の茅ケ崎駅で貨物列車が延々と通り過ぎるのをじっと眺めていたことを思い出す。列車が通過したあと、踏切番は掲げていた「止まれ(パーレ)」とある団扇形の標識を下ろし、ペンキで紅白に塗り分けられた遮断機を手動で上げていた。