貨物列車を見送ったあと、車で3分ほど走ると幼いガボ(ガルシア=マルケスの愛称)が祖父母と過ごした家に着いた。週末だったこともあるのだろう、煉瓦を敷いた舗道にはガルシア=マルケスにちなんだ土産物を売る露店も並んでいる。家の入り口には名物の「大佐」の格好をした人物が立っていた。胸にはアウレリャノ=ブエンディア大佐という縫い取りがある。アラカタカの家の前には近所のおじさんが扮する軍服を着た大佐がいると、ここに来る前に聞いていた。なるほどこの人物のことか。でも「老大佐」というには若くて人懐っこい。しかも勉強熱心で、軍隊や軍人についてあれこれ調べ、模造紙大の台紙に、各国の軍と比較した手作りの一覧表を写真付きで貼り、訪れた人にその資料を見せながら説明している。

ガルシア=マルケスが祖父母と過ごした家の入口で説明する「大佐」 撮影:篠田有史
祖父母の家の回廊には鉢植えのベゴニアが並んでいた。全部で14ある部屋を一部屋ずつ見学する。祖父の執務室、工房、祖父母の寝室、おまるの置かれた病人用の部屋、幼いガボの部屋と可愛らしいベビーベッド、食堂に厨房。離れの使用人の部屋。改修されたからだろう、どれも白くて清潔だ。庭の中ほどにベンジャミン系らしい巨木が立っている。バンヤンツリーと言えば想像がつきやすいだろうか。上から垂れ下がる無数の気根のせいで胴が太く見える。地上には血管のような根がはりめぐり、まるでお化けみたいだ。日本ならきっとしめ縄を張って御神木と呼ぶだろう。だが、ここでは男性が気根を掻き分け隙間から奥に入って小用を足すこともあったそうだ。

ガルシア=マルケスが幼い頃をすごした部屋の再現 撮影:篠田有史
ゆっくり見て回ったが、そろそろ喉の渇きと足の疲れを感じ始めたので、見学を切り上げようと言いかけたとき、モスグリーン色の物々しい制服に身を包んだ集団がこちらに向かってきた。何事かと一瞬ひるんだが、威圧感こそあるものの、近づいてくる彼らの口元から白い歯がこぼれている。しかもギターを弾いていたり、赤い風船を持っていたりするのが妙だと思ったら、なんとコロンビア国家警察だった。僕たちの前でとまって歌をうたい出したのでリクエストしてみると、バジェナート(コロンビアの民衆歌謡)を披露してくれた。名曲「ハイメ・モリーナ」だ。若い警察官が声を張り上げて歌う。彼はどうやらこの曲が好きらしい。歌声にとても感情がこもっている。しかも感情が溢れすぎてしばしば音程が外れてしまう。それがなんとも微笑ましかった。「ハイメ・モリーナ」は、バジェナートの作曲家ラファエル・エスカローナによる、亡くなった友人で画家のハイメ・モリーナへの追悼の歌である。だが若い警官は、カルロス・ビベスのカバー・バージョンでこの歌を知ったのかもしれない。

バジェナートを披露する警察官 撮影:篠田有史
コロンビアでは9月の第3土曜日が贈り物をする日、バレンタインデーのようなものらしく、国家警察は「恐喝防止キャンペーン」の一環としてこの日に音楽と風船とキャンディーを配っているとのことだった。僕たちは運良くその日に祖父母の家を訪れたのだった。「ディア・デル・アモール・イ・ラ・アミスタ(愛と友情の日)」、なるほど、だから彼らは「ハイメ・モリーナ」を選んでくれたのだろう。
ガルシア=マルケスはラファエル・エスカローナとも早くから友情を築いていて、この作曲家をノーベル賞の授賞式に招待した。マルケスの小説世界にはこの種のバジェナート文化が色濃く反映されていて、『百年の孤独』は全体が一編のバジェナートであると自ら述べているほどだ。また「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」の中で語り手は、この物語を知ったのはエスカローナの歌を通じてであると言っている。さらに言うと、バランキージャの回で言及した映画「青いロブスター」をガルシア=マルケスと共に製作したアルバロ・セペダ・サムディオも旅を共にした相手としてこの小説に登場させている。物語を発表したのが、アルバロ・セペダ・サムディオが若くして亡くなった年であったことも関係しているのだろうか。