投資の縮小、大手の独占
コロナ禍前、韓国映画は市場拡大とともに、大規模な製作費を投入し、スター俳優をキャスティングした大作映画が製作されるようになっていたが、コロナ禍後には一部作品がヒットしたものの、採算割れの作品が目立つようになった。2024年に大規模予算を投じた作品37本のうち採算ラインをクリアしたのは10本に過ぎないとの報告もある。とりわけ、中規模作品が打撃を受け、製作費回収の見通しが立たず企画自体が消えるケースもあり、映画投資への停滞につながっている。
韓国では政府が製作費30億~70億ウォン規模の中予算映画に対し、約30%を支援する仕組みがあるが、残りの70%は民間からの投資が集まらないという。イ代表は「政府の支援を使って製作された映画も2024年は5本程度にとどまる」と投資の停滞を指摘した。
この停滞は大作にも及んでいる。2025年、世界的な巨匠イ・チャンドン監督の新作『Possible Love』(仮題)について、Netflixが製作・配給を担うことが伝えられ、波紋が広がった。
イ監督は『オアシス』(2002年)でベネチア国際映画祭監督賞を受賞するなど世界的な巨匠として知られ、『Possible Love』は、『バーニング 劇場版』(2018年)以来の新作で、主演はチョン・ドヨン、ソル・ギョングが夫婦役で共演することでも話題となった。当初は劇場公開を念頭に準備を進めていたが、それだけの話題作でさえ、十分な投資が集まらない状況に直面したという。
韓国の映画産業全体が投資縮小や収益低迷で資金調達が難しくなっており、イ監督のような大物監督でも例外ではないという現状が浮き彫りになった。
「ミョンフィルム」のイ代表は、こうした要因に加え、超大作ばかりを優先する市場構造の問題点が絡んでいると指摘する。
韓国の映画市場は、製作、配給、上映を一手に担うCJ ENM(CJエンターテインメント)やロッテエンターテインメントなどの主に大手5社によって支配されている。中小配給会社や独立映画は、スクリーンの確保が難しく、投資や上映の機会を奪われているという。
また、韓国には約3290のスクリーンがあるとされるが、その9割以上が大手傘下のシネコンに集中している。低予算映画やインディーズ映画を上映する独立映画館(いわゆるミニシアター)はわずか68館にすぎない。
韓国では年間300~500本の映画が製作されるが、映画館で上映されるのは3分の1にすぎず、それも初週の成績が悪ければすぐに上映が打ち切られる。
日本では2025年6月に公開された『国宝』がロングヒットを記録し、興行収入203億円(3月現在)を超え、歴代興行収入10位になったことが話題となったが、イ代表は「『国宝』のような超人気作品のために、観客が入っていた別作品が突然、打ち切られ、『国宝』だけが上映されるということが起きている」と説明した。

映画界が考える打開策
韓国映画の低迷は、大ヒット作品の陰で時間をかけて徐々に進行してきた問題であるため、解決策も一つだけではなく、劇場収益の確保や、上映機会の公平性、投資機能の改善など、複合的な面から考えなければならないとイ代表は語る。
まず一つは、映画の劇場公開後から配信までの「ホールドバック」期間の延長だ。韓国では明確な規定はないが、おおむね劇場公開後、1~3カ月程度が目安とされている。ただし作品によってはかなり前倒しで配信されるものもあり、劇場が収益を得られる期間が短くなっている。フランスでは、配信サービスと映画界で業界合意があり、各プラットフォームで期間は異なるが、9~15カ月間のホールドバック期間が設定されている。イ代表はフランスの水準の半分程度のホールドバック期間の導入を国に提案している。映画産業を所管する文化体育観光部も、政府の資金援助を受ける映画について「配信前に一定期間のホールドバック」を条件にする方針を示し、6カ月をその目安にするという案が検討されているが、実現には至っていない。
また、イ代表は、スクリーン占有率の上限制の導入も提案する。
韓国には、国産映画を保護するために「海外映画」の比率を制限するスクリーンクォータ制があるが、国産映画は商業映画も独立映画もすべて同列に扱われていて、上映機会の公平性が図られていない。そのため特定の映画の上映回数を制限する必要性があるという。
イ代表の案は、映画館の営業時間(午前10時~午後10時)の間、特定の映画の上映をスクリーン数の20%以内に制限し、3本の作品が合わせて50%以上を占めることを禁止するというものだ。イ代表は「映画館の構造的な問題が解決しない限り、どんなにいい作品をつくっても、そもそも日の目を見ないので、作品が知られないという悪循環を生んでしまう」「有名な作品だけが多くの劇場やスクリーンを独占し、他の作品が上映される余地がなくなる状況を是正する必要がある」と説明する。
現在活躍している韓国映画の監督の多くは、独立映画や中低予算の映画でデビューしたり注目を集めたりしてきた。そうした映画文化や産業を保護しなければ、次のヒット作は生まれなくなるだろう。また、映画の多様性という面からも、大作だけでなく、中低予算の作品も必要だ。映画の多様性は、いわば人間の多様性である。多くの人に受け入れられる表現も、少数の人が求める表現も両立してはじめて豊かな映画文化を享受できると筆者は考える。
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(*1)OTTはOver the Topの略で、インターネットを介したサービス全般のこと。VODはVideo on Demandの略で、消費者の需要に応じて、買い切りやレンタル、サブスクリプションなどで動画を視聴できる手法のこと。IPTVはInternet Protocol Televisionの略で、インターネットTVのこと。例えばNetflixのような定額制の動画配信サービスは、PCやスマホのほかにIPTVで視聴することもできる、SVOD(S=subscriptionの略)タイプのOTTと言える。

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(*2)Webtoon。スマートフォンでの閲覧に特化した、韓国発祥の縦スクロール、フルカラーのデジタルコミックのこと。
