これら、上映に関する制度の改善に加え、イ代表は、映画製作で主導的な役割を果たしている投資ファンド「母胎ファンド(マザー・ファンド)」への疑問を投げかける。
母胎ファンドは、前述した中低予算映画への政府助成制度とは別に、韓国政府が2005年に設立したコンテンツファンドの一つで、映画・ドラマ・アニメ・音楽などの制作・配給資金を集めるための基金だ。政府資金を核として民間投資を誘導し、文化コンテンツ産業への資本供給を促進する仕組みで、中でも映画産業に突出して投資しており、政府出資比率を上げることで、映画製作会社や投資家のリスク負担を軽減する役割を担ってきた。
多くの韓国映画は大規模ヒットを除き、製作コストを回収しにくい構造にある。投資側(ファンドも含む)はリターンが見込めないと判断すると、投資先を音楽やウェブトゥーン(*2)などの他分野や、より安全なプロジェクトに移す傾向がある。これは、映画産業への継続的な投資意欲を削ぎ、結果として製作数の減少につながりやすい。
イ代表は母胎ファンドの現状について、「政府と民間がそれぞれ投資し、ファンドで製作するべき映画を審査している。ただし、民間といっても中小企業は資金がないため、出資するのは大企業に限られる。結局、大企業の裁量が大きくなり、ヒットしそうな作品に金が流れ、中低予算や独立映画には資金が流れにくい構造になっている」と指摘する。
かすかだが明るい光も
「大韓民国の文化の力! 映画を見に来ました」(筆者訳)
韓国の旧正月にあたる2月17日、李在明(イ・ジェミョン)大統領はXでこんな書き込みをアップした。後日、李大統領が金恵景(キム・ヘギョン)夫人とお忍びで鑑賞したのは、現在韓国で大ヒットしている時代劇映画『王と生きる男』(原題『왕과 사는 남자』)だったことが分かり話題となった。
『王と生きる男』は2月4日公開からわずか約1カ月で観客動員数1500万人(3月15日現在)を突破し、映画館に久しぶりに活気が戻っている。
同作は、クーデターによって王位を追われた朝鮮王朝第6代王・端宗(タンジョン)の流刑という、韓国では広く知られた歴史的事件が題材だ。しかし、血なまぐさい権力闘争のドラマではなく、流刑地である江原道・寧越(ヨンウォル)の貧しい村人たちとの交流に焦点を当てた人間ドラマになっている。「誰もが知る人物の、誰も知らない最後の時間」に映画的な想像力を加えたストーリーが観客の好奇心と共感を刺激したとの評価を受けている。
同じ時期に公開された映画『HUMINT』(原題『휴민트』)も公開から約1週間で100万人を突破する好スタートを切った。『ベテラン』(2015年)、『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)などを手掛けた韓国アクション映画の巨匠リュ・スンワン監督の最新作で、チョ・インソン、パク・ジョンミンら豪華キャストが集結したスパイアクション映画だ。
また独立映画でも異例のロングヒットを記録する作品が出ている。2025年10月に公開されたユン・ガウン監督の『The World of Love』(原題『세계의 주인』)は、同年に公開された独立・芸術実写映画として唯一、観客動員数20万人を突破した。韓国の独立映画は「観客動員数1万人で大成功」と言われるほど厳しい環境におかれていた。そのためこの数字は、現在の韓国の独立映画市場では「(商業映画における)1000万人動員」に匹敵する奇跡的な大記録として受け止められた。
物語は、18歳の女子高生ジュインが、全校生徒が参加する署名運動を一人だけ拒否することから始まる。『わたしたち』(2016年)、『わが家』(2019年)で知られるユン監督の繊細な心理描写が際立つ脚本と的確な演出が観客の心をつかんだ。観客自ら「絶対に事前情報なしで見てほしい」と呼びかける現象が起き、これが人々の好奇心を強く刺激した。さらにポン・ジュノ監督や是枝裕和監督、キム・ヘス、パク・ジョンミンら著名人が絶賛した。
同作のヒットは、質の高い作品であれば、観客は予算規模に問わず劇場に足を運ぶという事実を証明したほか、多様な独立映画への投資や支援のあり方が再議論される契機ともなった。同作は日本の配給が決まっており、公開が待たれる。
韓国政府は2026年度の予算案で映画関連の予算を大幅に増額し、中低予算の映画製作を支援する方針を明らかにしている。政府からの支援が増えたとしても、その効果がすぐに表れるとは限らないが、国が韓国映画の振興に寄り添う姿勢を示しているのは心強い。韓国映画が低迷からどのように復活するのか。その行方は、韓国だけでなく日本をはじめとした世界の映画産業の未来を占う試金石となるだろう。
(*1)
(*1)OTTはOver the Topの略で、インターネットを介したサービス全般のこと。VODはVideo on Demandの略で、消費者の需要に応じて、買い切りやレンタル、サブスクリプションなどで動画を視聴できる手法のこと。IPTVはInternet Protocol Televisionの略で、インターネットTVのこと。例えばNetflixのような定額制の動画配信サービスは、PCやスマホのほかにIPTVで視聴することもできる、SVOD(S=subscriptionの略)タイプのOTTと言える。

(*2)
(*2)Webtoon。スマートフォンでの閲覧に特化した、韓国発祥の縦スクロール、フルカラーのデジタルコミックのこと。
