登場人物の多くが実在の人で、脚色はあるものの事実に基づいているというのも驚きである。
構成も巧みである。『日本のいちばん長い日』を思わせる群像劇で、その上、抵抗のたいまつが人から人へと手渡されるように、主人公が次々と移っていくのだが、全く破綻せずに最後までそれを見届けることができる。韓国の百想芸術大賞映画部門で大賞・脚本賞などを受賞しているのもうなずける。
一人ひとりの、たった一歩の抵抗の連鎖が、ついには路上にあふれ出るデモの波となるまでを、『1987……』は力強く描いたと言えるだろう。
ただし、そこに至るまでに多くの人の人生が犠牲になった事実は重い。80年代、民主化運動の中で多くの若者が生命を落とし、生涯残る傷を受けた。そのひたすらな苦さを伝えているのが『なつかしの庭』(06年)である。本稿で取り上げた中で、私が最も好きなのは、実はこの作品だ。ラブストーリーなのだが、隠された テーマは、あの時代の犠牲となった人々への「追悼」であり、「敬意」である。
韓国民主化運動映画と「南北分断」
韓国の民主化はしかし、1987年の6月民主抗争と憲法改正によって一気に成就したわけではない。この年の12月に行われた大統領選挙では、野党の分裂によって軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)が勝利してしまう。その後、保守寄りの金泳三(キム・ヨンサム)から保守リベラルの金大中、そして民主化運動出身の盧武鉉政権と進む中で、韓国の民主化は漸進的に進んできた。ところがその後、10年ぶりに復帰した保守政権である李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)(朴正煕の娘)の両政権下では、メディアへの権力の介入や文化人のブラックリスト作成など、民主化の流れを押し戻すような出来事が起きてしまう。KBS、MBCの両公共放送局を舞台に、政権に追従する経営幹部と抵抗する現場のテレビマンたちの攻防を記録したドキュメント映画に『共犯者たち』(17年、チェ・スンホ監督)がある。今年12月、1月には、日本でも全国の劇場で公開される。
なぜ朴政権のような民主化への逆行が起きてしまうのか。 その理由の一つに、「南北分断」がもたらす緊張がある。それこそが、かつて軍事政権を支える論理だった。実はここまで取り上げてきた映画でも、隠されたテーマとしてこの「南北分断」がしばしば描き込まれている。
たとえば、『弁護人』の中で、公安刑事が主人公の弁護士にこう語りかける場面がある。「弁護士さんよ。戦争は終わったと思うか? 北とは休戦状態だ。いつ再開してもおかしくない。なのにみんな戦争は終わったと思ってる。なぜか? 俺たちのような人間が必死でアカを捕まえるから。おかげであんたらが枕を高くして眠れる」(映画『弁護人』より、松本庭美翻訳)。ここにあるのは、「北の脅威」こそが独裁や人権侵害を正当化するという論理だ。
あるいは『1987……』では、治安機関の所長は北朝鮮で迫害されて逃げてきた富裕層の出身者として描かれている。彼は子ども時代、目の前で北朝鮮の兵士たちに家族を皆殺しにされた経験を持つ。だから彼は、「アカ」の学生を拷問にかけることを正義だと考えている。
分断の悲劇と緊張が、強権的な政治を支える。だからこそ権力者たちは分断と緊張を煽る。この構造を韓国の思想家・白楽晴(ペク・ナクチョン)は、「分断体制」と呼んだ。
だとすれば、韓国の民主主義が目指す次の課題は、南北和解ということになる。かつて盧武鉉と共に人権弁護士として民主化運動に参加した文在寅大統領は、そのことをよく理解している。だからこそ熱心に南北和平に取り組んでいるのである。そして、和解が進んでこそ、北側の社会も変わっていくだろう。苦痛に満ちた朝鮮半島の近現代史に大きく関わり、戦後は平和主義を掲げてきた日本には、これを支える役割が求められているのではないだろうか。いま問題となっている徴用工問題のような植民地時代の清算も、日韓両国の「和解」に向かうための共同作業として前向きに解決を図るべきだろう。韓国の多くの人は、決して日本人そのものが嫌いなわけではない。
韓国民主化運動は激しく劇的な展開をしてきた。そうした歴史の現場を生きた人々の姿を、韓国映画は熱く伝えている。私たちはそうした作品から、権力によって人々が引き裂かれる痛み、声を上げることの尊さ、さらには声を上げた人々がつながり、大きなうねりがつくられていくという希望を受け取ることができるだろう。そこには国を超えた普遍性があり、日本の私たちをも鼓舞する民主主義の「原点」があるのだ。
※紹介した映画は、『1987、ある闘いの真実』と『共犯者たち』を除いて、DVDなどで見ることができる(2018年11月22日現在)。映画を通じて韓国民主化の歴史そのものに興味を持つことがあれば、ぜひ関連書籍を読んでみてほしい。入門書としては、文京洙『新・韓国現代史』(岩波新書)がある。また、民主化運動の過程を無名の人々の群像劇として描いた韓国の漫画として、チェ・ギュソク『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(ころから刊)もお勧めだ(拙訳なので手前味噌ではあるが)。巻末に簡潔な解説も掲載されており、80年代の韓国民主化の歴史の流れをつかむことができる。その2冊で流れを掴んだ上で、ユ・シミン『ボクの韓国現代史 1959-2014』(萩原恵美訳、三一書房)や韓洪九『韓洪九の韓国現代史 韓国とはどういう国か』(高崎宗司訳、平凡社)で民主化運動を生きた人々が語る歴史に触れてみるのもいい。現大統領が激動の時代を生きた半生を振り返る文在寅『運命 文在寅自伝』(矢野百合子訳、岩波書店)も、意外にも無類の面白さだ。