お目当ての少女にフラれたカルロスは、「女より犬の方が誠実だ」と呟いた。その言葉には、女性だけでなく、世間一般に対する悲しいまでの諦めが混ざっているように思えた。NGOの施設に何度か入ってみたが、決してそこに落ち着くことがなかったのも、薬物依存の問題や仲間との絆といった路上でのしがらみだけでなく、そうした諦めが心の奥底にあるせいなのかもしれない。カルロスは、本当は何を望んでいるのだろう……。

「チャプルテペックの森」を散歩中に、カルロスが突然、木登りを始めた 撮影:篠田有史
故郷は米墨国境の町
カルロスが路上生活を抜け出すには、何が必要なのか? それを探るために、私たちは知り合って何年か経った頃から、家庭の事情や路上に来た理由などを、できるだけ正確に知ろうと努めていた。だが、最初のうちは、聞けば何かしら答えてはくれるものの、真実を知ることはなかなか難しかった。
「父さんに殴られるのが嫌で、家を出た」
最初に語られたのは、多くの子どもたちが口にするのと同じ家出理由だったが、事実かどうか、はっきりしなかった。その後、アクティーボのやりすぎで饒舌になった時、弟がプールでの事故で溺死したと、仲間の前で泣きじゃくった。それは、真の悲しみのようだった。
それからまた数年後に、魚が入ったタコスを一緒に食べた際、「ボク、アカプルコ出身だから、魚とか大好きなんだ。家は海の近くだったからね」などと語ったが、それは後に事実ではないとわかった。彼が16歳になった頃、3人で地下鉄に乗って大きな動物園がある「チャプルテペックの森」へ出かけた時のことだ。
「小さい頃、父さんと砂漠でいろんな動物を見つけて遊んだんだ」
木々の間を歩きながら、カルロスは懐かしげに辺りを見渡した。旧市街から南西へ6キロほどのところにあるチャプルテペックの森には、野生のリスがたくさんいる。木々の幹や枝を走ったり、地面を駆け抜けたり。枝から降りてきたリスを慣れた手つきで抱き上げながら、少年は自分の出身地が太平洋岸のアカプルコではなく、米国との国境に位置する北部の町、ティファナであることを明かした。国境の壁を越えて米国へ密入国する人々を取り上げたニュースに、よく登場する場所だ。

カルロスの故郷である米墨国境の町、ティファナのスラム街。1994年 撮影:篠田有史
「アカプルコじゃなかったの?!」と驚く私を尻目に、大したことじゃあないとでもいうように、
「アカプルコにもいたことはあるよ。“夏休み”に(路上の)仲間と1カ月くらい遊びに行ったんだ。海がきれいでいいところだからね」
と、言ってのける。そして、こう続けた。
「でも、故郷はティファナなんだ。これは本当。そこから南東へ行くと丘や砂漠みたいなところがあって、蛇やコヨーテ、いろんな動物がいるんだ。その辺りを父さんと馬で歩いたこともあるよ」
「自然や動物が好き」というカルロスは、街中でアクティーボを吸いながら交差点で働き、仲間とたむろっている時とは別人のように、森の空気を楽しんでいた。丘や砂漠で彼を楽しませた「父さん」は、実父ではなく、すぐ下の弟の父親で、カルロスの実父と同様、やがては家を去っていったという。その後、また別の父親が現れ、そして去った。最後に現れた4人目の「父さん」こそが、彼を殴った男だった。少年の母親は、4人の異なる男性との間に、それぞれ1人ずつ息子を産んだということだ。
「ボクは4人兄弟の長男なんだ」

アカプルコには、高級ホテルが並ぶリゾート地域とは別に、庶民が遊べる公共ビーチがある 撮影:篠田有史