それでもリズムに乗って、片手を胸に当てる、あるいは両手を高くかざして天を仰ぐような姿勢をとるなどして、情熱を込めて発する声は建物全体に響き渡り、神への思いに満ちあふれた空間を生み出した。信者も皆、彼らと声を合わせて歌う。
音楽は30分間近く続き、教会全体が人の熱気に包まれた頃、若者たちは演奏を止め、信者たちは座って静かに聖書を手に取った。
と、そこへ黒い革靴とグレーのスーツ、黒のワイシャツに紅いネクタイできめたアンジェロが現われた。背の低さ以外、服装も雰囲気も一段と、「ゴルゴ13」。だが「殺し屋」ではなく、「牧師」らしい威厳を漂わせている。彼は正面の舞台に向かって緩やかな下り坂となっている礼拝スペースの一番前、低いフロアの真ん中に立った。
「皆さん、祈りましょう」
その呼びかけと共に、一斉に人々が立ち上がった。そしてアンジェロの言葉に合わせて祈りを捧げる。刑務所の中でも、囚人たちのこんな光景がみられるのだろうか。その後、皆が互いに握手や抱擁で挨拶をし合って再び静かに着席すると、牧師はおもむろにこう告げた。
「今日は死の道について、お話ししましょう。聖書を開いて下さい――」
そこからが、ギャング・リーダーではなく、「牧師アンジェロ」のショータイムだった。
彼は手にした聖書にはほとんど視線を落とすことなく、ほぼ常に信者たちの顔を見つめながら、ゆっくりとした口調で説教を続けた。声に抑揚をつけ、時折腕を振り上げ、前後左右に歩きながら、人々との距離を縮めたり、伸ばしたりする。それは牧師の説教というよりも、雄弁な活動家の演説のようだった。
15分……30分……そして……。気がつくと、1時間ほど経っていた。その間、彼の動きは止まらず、言葉の重みは増して行った。最後は聖書を台に置き、左手はズボンのポケットに突っ込み、右手を力強く前へ突き出して、自らの解釈を自信溢れる様子で述べる。信者たちの目と耳は、その声と姿に集中していた。
「では皆さん、歌いましょう」
説教の最後は、賛美歌で締めくくられた。献金など一連の行事が滞りなく行われ、礼拝は終了した。
辺りが再び人々の話し声で包まれ始めた時、何人かの信者が入れ替わりで、牧師アンジェロに挨拶をしに近づいた。その中に一人、穏やかな顔をした品の良い中年の紳士がいた。
「あなたは素晴らしい説教をされますね。とても心に響きました」
彼はそう言いながら、手を差し出した。アンジェロはにこやかにその手を握ると、紳士の褒め言葉に礼を述べた。すると紳士は微笑みながらその手を強く握り返し、こう言葉を続けた。
「あなたには才能がある。感服しました」
そう。この元ギャングの若い牧師には、演説、説教で人の心を動かし、導く才能があった。その雄弁さとカリスマ性が暴力と一体となった時、誰もが恐れるギャング・リーダーが生み出された。が、今度はその才能を愛と希望を伝える手段とし、神と共に悪魔に闘いを挑む時だ。
「私はもう迷いません。内側から生まれ変わり、新しい人間として生きて行きます」
2015年4月、元ラテンギャングの大物は、罪深き者たちを神の家へと導きながら、心から生涯の伴侶にと願う女性と出会ったことで、自分自身の平和な家庭も築こうとしている。
「ラテンギャング・ストーリー」6 神に導かれた男
(ジャーナリスト)
2015/04/29