中米ホンジュラスの首都テグシガルパで、私は元ギャング・リーダーの牧師、アンジェロ(35歳)にインタビューをした。彼は12歳からギャング・リーダーとして数々の悪事を働き、刑務所でも囚人たちの首領となる。だが、しだいに過去を後悔するようになり、神に導かれるがままに改心。すると奇跡が起きたか、12件の殺人の内11件で無罪となり、15年で出所できることになった。
2013年、33歳になったアンジェロは15年ぶりに塀の外、テグシガルパの街に出た。そこには以前はなかったホテルなど高層ビルがたち、大型ショッピングモールもできて、人々の暮らしはよくなったかのように見えた。彼が刑務所に入ってまもなく起きたハリケーン・ミッチによる被害からも立ち直ったかのように――。しかし、彼自身がそこからの避難を余儀なくされた旧刑務所のように、水没、崩壊したまま放置されている建物や地域は少なからず存在しており、「発展」の兆しは一部のエリアだけに見られるものだった。周辺部のスラムの貧しさとインフラの欠如は相変わらずで、街全体が元の姿を取り戻し、更に前へと進むには、あらゆる意味で社会の底辺への投資の配慮が必要だった。が、お上は相変わらずその気がないようにみえ、街は格差に蝕まれたままだった。
そんな街に、逮捕前は常に一緒だったギャング仲間はもう、誰もいなかった。彼が逮捕されるのとほぼ同時に、不法入国の形でアメリカへ逃げたからだ。リーダーを失ったギャング団のメンバーが敵に抹殺されるのは、時間の問題だった。だから仲間たちは姿をくらますしかなかった。
その一方で、彼らと共に人々を恐怖に陥れたギャング・リーダーは、今ではひとを平和へと導く男になっていた。そんな彼の帰りを心待ちにしていたのは、服役中に生まれた3人の子ども=息子二人と娘一人だった。が、アンジェロは、子どもたちとの生活を選ばず、一人、教会の仲間たちと暮らし始める。子どもたちは、服役中につき合っていた異なる恋人との間に生まれ、それぞれ母親と住んでいたため、定期的に会う関係でいるのが一番良いと考えたからだ。
私にアンジェロを紹介したパブロ・ガロ牧師が以前、こう説明したことがあった。
「刑務所では、面会日に夫婦や恋人同士がセックスする機会も与えられます」
だから塀の内と外に暮らす男女の交際という、不安定な恋愛環境の中でできる子どもが、何人もいる。
あたたかい家庭を築くという夢は先延ばしにして、アンジェロはまず、多くの罪深き若者たちを闇から光へと導くために、働き始める。ガロ牧師と同様に、刑務所を訪ねては、塀の中の若者たちに神の教えを説くのだ。すでに11年間、ムショ内で神に仕え、聖書を学んだ彼は、ガロ牧師も認める優れた説教者で、やがて牧師補佐に任じられる。信者の前では時に牧師と同様の仕事をするため、人々は彼を「牧師」と呼ぶ。
「現在は五つの刑務所を訪問しています。説教をするだけでなく、囚人たちと1日共に過ごして、じっくり話を聞く時間も持っています」
ギャング人生を語った時とは打って変わって、宗教者らしい落ち着いた口調で、自分の仕事について話す。
「囚人が家庭訪問をする際に同行したり、出所間近な人のために仕事を探してあげたりもしています。私たちの教会では、ガロ牧師や私を含めて14人がこの活動を行っていますが、まだまだ人数が足りません。本当は囚人たちと対話のできる人材が、もっと必要なのです」
そう訴えるのには、訳がある。
現在この街で抗争を繰り広げている若者ギャング「マラス」の場合、敵対するグループ同士は刑務所の中でもいがみ合い、自分たちの「敵」とつながる人間を一切受け入れない姿勢を貫いている。つまり同じ刑務所内でも、一人の説教者が対象にできるのは、一つのグループのみ。マラスの二大組織である「マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)」と「バリオ・ディエシオチョ(M-18)」、プラス“双方を抜けた者たち”の、計三つのグループすべてを対象に活動するには、それぞれに一人ずつ専属の説教者が必要となるわけだ。
「今私はMS-13を訪問しているため、M-18のメンバーには会いに行けないのです。“ここへ来るなら他へは行くな”と言われるので……。」
マラスの掟の厳しさに、さすがの元ギャングの大物も手を焼いているようだ。
ホンジュラスのギャング事情は、アンジェロが逮捕された1998年以前とは、かなり変わった。特に2000年代後半に入って、多国籍企業顔負けの「業務(犯罪)」の国際性と多様性を誇るメキシコの麻薬カルテルがメキシコ政府との間で「麻薬戦争」を引き起こし、中米にも勢力を拡大するなか、その「業務」の一端を担うほどに国際的かつ凶悪な犯罪組織となった「マラス」は、ホンジュラスの様々な若者ギャング団を飲み込み、「MS-13対M-18」という対立構造へと集約していった。その行動パターンは、もはやギャング同士の抗争や街での強盗殺人、スラムでの麻薬密売といった、従来のギャング犯罪の枠に収まらない。この街、この国に住む人々、特に貧困層の子どもと若者を「敵か味方か」の論理に巻き込み、恐怖に陥れている。自分が暮らす地域を支配するマラスのメンバーになるかならないか、彼らが要求するみかじめ料を払うか払わないか、彼らに協力的かどうかだけで、生死が決まりかねないのだ。
もともと1980年代にメキシコや中米から来た貧しい移民の若者たちがアメリカ・カリフォルニア州で生み出したギャング団であるマラスは、90年代に入って徐々に彼らの祖国であるグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、メキシコへとUターン進出した。近年その力は警察や軍でも抑えきれないところまで来ているため、マラスの脅しから逃れるために祖国を離れ、アメリカを目指す未成年が急増している。その実態を探るために私はテグシガルパに来たわけだが、マラスの勢力拡大の裏には、これらの国でますます拡がる貧富の差と深まる拝金主義、そこから生まれる家庭崩壊と貧しい若者たちの絶望感がある。
にもかかわらず、国家は、より平等で平和な社会を築くための政策を打ち出すのではなく、軍や警察を使ってギャングを力でねじ伏せることにばかり躍起になっている。それが新たな暴力を呼び、少年少女の未来を奪う。権力が本気で彼らに希望を与える政治を行わない限り、若者ギャングによる犯罪と不毛な争い、その死は続くだろう。事実、現地人権団体の調査によると、ホンジュラスでは2014年、23歳未満の子どもや若者が計1031人殺害されており、その7割以上は銃で撃ち殺され、多くが殺される前に拷問されている。
とはいえ、誤った道を選んでしまった若者たちを救いたいというアンジェロの強い思いと、それは可能だという信念は、揺るがなかった。世の事情がどうあれ、一つ、強く信じるものさえ見つけることができれば、人は変われると考えるからだ。現に、彼と一緒に教会活動に携わる人たちの中には、刑務所でその言葉を聞いて改心し、出所してからそばで働く若者もいる。第二、第三の「小アンジェロ」は、すでに誕生しているのだ。
およそ2時間前に始めたインタビューの最後に、彼は胸を張り、自信に満ちた眼でこちらを見つめて、言った。
「どんな罪人も、私の姿をみれば、神はどんな人間でも変えることができるとわかるはずです。罪を犯した者でも、生まれ変わることは可能なのです」
2014年9月21日日曜日、朝10時前。街外れにあるカサ・デ・オラシオン・ファミリアル教会は、100人近い信者で賑わっていた。少しだけおしゃれをした家族連れや若いカップル、老夫婦など、幅広い世代の人たちが集っている。正面の低い舞台上には、キーボードやギター、ドラムといった楽器とマイクが並び、9人の若者が歌と演奏の準備をする。そのうちの何人かは、元マラスメンバーだという。
ホンジュラスでは近年、アメリカをベースとするプロテスタント系の教会が活発に布教活動を行っており、その信者数も、この国のような元スペイン植民地で強大な力を誇ってきたカトリック教会に迫る勢いだ。ガロ牧師やアンジェロの所属する教会も、その中の一つで、シンプルで庶民的な雰囲気の教会と信者同士の家族的な付き合いが、老若男女を問わず、広く受け入れられている。貧困層の若者にとっては、その親しみやすさが魅力だろう。
続々と信者が礼拝スペースに着席していく中、私は舞台に近い最前列の席に座っていた。今日はアンジェロの説教を聞きにきた。いや、彼が牧師としての務めを果たす姿を目撃しにきた、と言うほうが正確かもしれない。果たしてそれは、悪人の心をも揺さぶるほどの魔力を持つ説教なのだろうか。
まもなく舞台の準備が整うと、舞台中央に立つ青年が皆に呼びかけ、賛美歌が始まった。実はその直前、教会内は停電してしまい、エレキギターやキーボードといった楽器やマイクは使えなくなったため、若者たちは急遽、ギター2本の生伴奏だけで歌うことにした。
「ラテンギャング・ストーリー」6 神に導かれた男
(ジャーナリスト)
2015/04/29