走って走って、ようやく列車もギャングの姿も完全に見えなくなったところで、とぼとぼと歩き始める。胸躍る冒険が悪夢と化してしまった少年たちは、恐怖に震え途方に暮れつつも、町へ戻って態勢を立て直そうと考えていた。とは言っても、朝から何も食べていないために、おなかがすいてたまらない。まずはそれを何とかしたい……。
そんなふうに思いながら足を進めていると、前方にいくつかの人影が見えてきた。どうやら食事をしているらしい。線路沿いの原っぱにテーブルと椅子を並べて、朝食をとっているようだ。近づいてみると、それは大きなトリの丸焼きをおいしそうに頬張る5人の男たちだった。
アンドレスは言う。
「本当は、その丸焼きを少し分けてもらえませんか? と言いたかったんだけれど、恥ずかしいから、さりげなく近づいて、“お水を一杯もらえませんか?”と尋ねたんだ。すると男の一人が、“もちろんだ。よかったら一緒に、トリも食べないかい?”と言った。その言葉を聞いた時は、なんて良い人たちなんだ!と心の中で叫んだよ」
しかし同時に、彼は男たちの一人が、腰に銃をさげていることにも気づいた。
「それで少し警戒しながら、勧められた席についたんだ」
少年二人が椅子に座ると、男たちは「君たちは移民のようだが、どこから来たんだい?」ときいた。移民だということは完全にバレしていると判断したアンドレスはとっさに、「中米のニカラグアです」とうそをついた。万が一、相手が私服警官か移民局職員か何かであっても、すぐにサン・ペドロ・スーラへ戻されないように時間稼ぎがしたかったからだ。
「私たちは連邦警察の者だ」
男たちは、トリ肉にむしゃぶりつく移民少年たちを前に、そう自己紹介をした。今日は非番だという。だから私服なのだ。
「この辺りでは、殺人事件も頻発しているから、君たちも気をつけないといけないよ」
と、話を続ける。これまで出くわしたメキシコの警官たちとは異なり、とても親切なうえ、不法移民を逮捕する気もないようだ。
ほっとしたアンドレスは彼らに、国境の町で地方警察に暴行を受け、お金を盗まれたことを話した。それを聞いた警官たちは、少年たちにこう説いた。
「たとえ君たちが不法移民であっても、警官がそんなことをすることは許されない。未成年に対してなら、なおさら大問題だ。その件は、町にある検察庁の事務所に行って、きちんと訴えなさい。そうすれば、必ず助けになってくれるから」
連邦警察官たちの真摯(しんし)な態度と言葉に、少年たちは深い安堵感を覚え、自分たちの素性についても正直に話すことにした。その中で、母国に送り返された場合に待ち受けている、命の危険についても訴えた。すると警官たちは、検察に事情を正確に伝えて移民局に訴えれば、「メキシコ移民支援委員会」がきっと保護してくれるはずだ、と応じた。
「食事を終えたら、町まで送っていこう」
そう言うと、彼らはアンドレスたちがトリ肉を存分に味わうのを待ってから、車で二人を町の連邦警察署まで連れて行き、検察に連絡をとって、事情聴取の段取りを整えてくれた。事情聴取はおよそ1週間後ということになったため、少年たちはそれまで警察署内に滞在することに。
「それからの1週間は、夢のような生活だったよ!」
アンドレスが、思い出し笑いを浮かべる。それもそのはず、滞在先は四つの寝室とゆったりとした広間を持つ、快適な空間だった。しかも最初は二人以外に滞在者はおらず、貸し切り状態だった。
「清潔な寝室、大画面テレビ、ソファ、エアコン、何でもあった。だから毎日、そこに用意されているDVDの映画を見たり、町に散歩に出かけたりして、遊んで暮らしたんだ。食事もちゃんと出るし、もう最高さ!」
それまでの過酷な旅と打って変わって、何一つ不自由のない生活を送った。数日経ったところで、もう二人、アメリカを目指す移民の男たちが住人に加わった。
「よく4人でサッカーをしたよ」
そうやって1週間がすぎた頃、アンドレスのもとへ検察の担当者が現れた。それは、彼が国境で出くわした地方警察の行いについての事情聴取だった。
「その人は僕に、“国境の町で君を殴ってお金をとった警官たちのことを詳しく話してください”と言った。そして何枚か警官の写真をみせて、その中に僕をいじめた警官たちがいるかどうか、尋ねた。よく見ていくと、1枚、顔に大きなあざがあることで覚えていた女性警官の写真を見つけた。そう伝えると、その人は僕の話を記録した。実はその女性警官、その後で、僕を襲った罪で逮捕されたんだよ!」
アンドレスは、珍しく警察の手で正義がなされたことに、ちょっと満足げだった。そしてこう続けた。
「事情聴取の後で、『メキシコ移民支援委員会』のパンフレットをくれた。それからこう言われた。“パンフレットをよく読んでおいて、移民局の事情聴取の機会がきたら、自分が国を出た事情をきちんと詳しく説明しなさい。そうすれば、その話が真実だと確認でき次第、君は合法的にメキシコに残ることができるようになるはずだ”」
つまり、命の危険がある状況のためにやむなく母国を離れ、メキシコに不法入国をしたということが証明されれば、人道的措置として未成年のための安全な施設に保護され、母国への強制送還はなくなるというのだ。
「少し希望が湧いてきた」
元ギャングの少年は、とにかく安心して暮らせる場所が欲しかった。もしかすると、それが叶うかもしれない。
事情聴取が終わると、アンドレスは人道的支援を受けられるかどうかの審査のために、移民局へ移動するよう指示された。アレクサンデルとはここでお別れだ。
二人は互いに抱擁を交わし、それぞれの未来に幸運を祈りながら、別々の道を歩み始めた。
「ラテンギャング・ストーリー」9 一筋の光
(ジャーナリスト)
2015/12/07