この連載をもとに再構成した書籍『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』が、集英社新書より2025年2月に刊行されました!
この連載では20回にわたり、スペインやメキシコの例を交えながら、日本の社会的連帯経済の今を見つめてきた。労働者協同組合、フェアトレード、NPO、地域通貨などの現場を訪ね、それらの動きを研究する専門家の話も聞いた。そこで改めて思うのは、この「希望が見えない」社会を変えて「希望を胸に未来を生きる」ためには、社会的連帯経済を広めることが不可欠だということだ。
広がる実践、若者の希望
私が初めて「社会的連帯経済」という言葉に出会ったのは、2008年のリーマンショック後、経済が危機的状況に陥ったスペインでのことだった。2012年当時、25%を超える失業率に苦しみ、庶民よりも大企業や銀行の救済を優先する政府に怒る市民は、大規模な抗議運動を展開していた。それと同時に、金融危機に象徴される既存の資本主義経済の歪みを自らの手で正すため、より公平で民主的かつ持続可能な社会を築く「社会的連帯経済」の実践を広めようとしていたのだ。その姿を見て、日本でも同じような動きがあるかを確かめ、その実践者とともにこの社会的連帯経済を広めることはできないだろうかと、取材を始めた。
スペインでは、2011年、政府に対する抗議から始まった市民運動15M(5月15日の意。最初の抗議行動が起きた日付)を機に、人々が広場に集まり、市民政治や社会的連帯経済の推進を語り始めた。(2012年5月マドリード)撮影:篠田有史
すると、日本にも、スペインで知り合った人々と同じ意識を持って事業を行っている人、社会運動を続けている人たちがいた。彼らが進めてきた運動は、例えば2020年12月の労働者協同組合法(労協法)の成立と22年10月の同法施行のような形で、成果を上げつつある。
厚生労働省によれば、労協法の施行から1年経たない23年9月時点で、58の事業体が、「労働者協同組合(労協)の法人格」を取得したという。そのうち49は新たに設立された労協で、その中には地元の未利用地を活用したオートキャンプ場、自治会の活動を就労の場に変えた惣菜生産や海産物加工・販売、ITエンジニア集団といった、これまでの労協にはない新しい分野の事業に取り組む組織もある。日本でも少しずつ、社会的連帯経済分野の事業に参加する人が増えているということだろう。
特に注目したいのは、20〜40代の若者が、今の経済のあり方に疑問を抱き、それを変える働き方を模索する過程で、社会的連帯経済の世界へ飛び込んでいることだ。この連載で紹介した「創造集団440Hz」や「北摂ワーカーズ」のように、「世間の常識」に従った働き方に違和感を抱く若者は、意外と多い。世間が敷いたレールの上を走るのがまだ多数派かもしれないが、その一方で、「平等と協力を前提とした経済」を自ら創ろうとする者も現れている。彼らは、絶え間ない競争と分断を生む既存の資本主義経済を抜け出し、一人ひとりが幸せに働き生きることが、社会全体の豊かさにつながる世界を求めているのだ。
その思いは、コミュニティづくりに関わる若者たちの活動にも反映されている。近年生まれた地域通貨(補完通貨)は、シャッター商店街の活性化のような経済的な目的よりも、人と人とのつながりを深めることに重点を置いてデザインされている(第7回参照)。中でも「時間銀行」は、パンデミックにより人のぬくもりを感じるつながりを奪われた大学生や、地方移住で新たなコミュニティ作りを模索している30~40代、住民の孤立を防ぎ、地域に豊かな人間関係を育もうとする若者たちなどの間で広がっている(第11回参照)。お金抜きで何かを手に入れたり、頼んだりすることはできないと思い込まされてきた世代が、今、つながりを糧にした「もうひとつの生き方」を探っているのだ。
つまり、社会的連帯経済は、未来を生きる世代が求めている経済だということだろう。ただ、それが日本社会全体へと浸透するためには、乗り越えなければならない課題がある。
主体的で共感力のある市民を育てる