カリスマ性と強運を持つ男・アンジェロは、神に仕えることに専念していた。服役中によく面会に来ていた女性二人や、彼女たちとの間に生まれた子ども3人と離れ、長く一人で暮らしていた。恋人はいたが、刑務所訪問に忙しくデートする時間がない彼に愛想を尽かし、離れていった。一時は「結婚の約束をした」と言っていたのに。
「私にとっては、神への奉仕が第一の使命。それを理解できない女性とは、つまり縁がなかったということです」
このまま独身人生を続けるのかと思っていた矢先、転機が訪れる。2017年秋、カサ・デ・オラシオン・ファミリアールの仲間で、ともにボランティア活動に参加している女性と結婚したのだ。
「彼女も同じ使命を持ち、一緒に歩んでいます」
SNSを通じて私にそうメッセージを送ってきたアンジェロは現在、子ども3人を含む家族5人で平穏に暮らしているという。そして、刑務所訪問のほかに、スラムで子ども食堂を運営する人たちを支える活動も担う。それは、ダイヤー牧師が90年代から代表を務める別のプロテスタント系NGOの活動だ。いくつかの途上国のスラムに子ども食堂を作り、運営は地元住民に任せて、施設の建設費や食材購入費の援助を行っている。テグシガルパ周辺には、同NGOの子ども食堂が5カ所あるという。アンジェロに案内され、私たちはその一つを訪れることになった。
未来を救う仲間たち
テグシガルパの東外れ、丘の斜面に広がるスラムの一角に、それはあった。かなり急な坂道を上ったところだ。平坦な舗装道に車を停め、歩いて丘の斜面を少し下ると、長椅子と長机が並ぶ集会所のような簡素な建物が建っていた。6年前にオープンした子ども食堂だ。
「これができる以前、この地域の少年たちはマラスに入るか、乗り合いバスの客引きの仕事をすることしか考えていませんでした。少女は10代で妊娠するのが当たり前でした。でも今は神の教えを学び、きちんと食事をして学校へ通って、それぞれの未来を考えられるようになったんです」
私たちを出迎えたのは、食堂運営の責任者である女性、エリザベス(58)だ。大工の夫(60)と大学生の息子(24)も、仕事や学業の合間に手伝っているという。
「夫の大工工房は、若者ギャングに3度も押し入られたんですよ。でも、それは彼らが悪党だというよりも、社会環境のせい。それを改善するためにこの活動をしています」
食堂には月曜から金曜の毎日、3歳から20歳前後の子どもや若者が180人ほど食べにくる。スタッフは、全員がボランティアだ。地域の母親6、7人が交代で働く。食材費は、ダイヤー牧師が米国で「ホスト・ぺアレンツ」を募り、一人ひとりから毎月およそ4000円相当の寄付を集めて賄っている。
食堂の隣には、パソコンやプリンター、玩具が置かれたスペースが用意されており、学校の宿題をする子どもたちの姿がある。指導をしているのは、地域の若者だ。
「生まれ育ったコミュニティに貢献したいと思ったんです」
そう話すのは、22歳の青年。彼に宿題のアドバイスを受けているのは、16歳の少女だ。
「ここに来れば、必ず誰かが勉強を助けてくれます。宿題のプリントアウトも無料だし、ウチは母子家庭で生活が苦しいので、とても助かるんです」
少女の言葉に耳を傾けていたエリザベスが、やや低い声で私にこう語りかけた。
「女の子が勉強できるように支えることは、とても大切なんです。だって、この地域ではこの間も12歳の少女が、実の父親の手で売り飛ばされたんですよ。少年でも、ほら、あの小さい弟妹を連れている子なんて、10歳なのに、親に言われて1日8時間も工事現場で働いていたんです」
親が子どもの学ぶ権利を奪ったり、少年たちがマラスに勧誘されてドロップアウトしたりしないように、エリザベスの夫は、食事に来る子どもたち全員の学校を定期的に訪れ、就学状況を確認している。
話をしているところへ、ようやくアンジェロが現れた。この日、彼は妻(35)と元ギャングを含む教会信者の若者数人を連れて、別の車で後から来たのだ。私たちの顔を見るなり、妻を紹介してくれる。
「これが、シオマーラです」
手を差し伸べてきたのは、どこか貫禄のある意志が強そうな目をした女性だった。
「お二人のことは、アンジェロからよく聞いていました。お会いできて嬉しいです」
握手をした後、さらに抱擁を交わす。初対面とは思えない親しみを感じる。
アンジェロは、食堂のスタッフに挨拶をしてまわると、連れてきた若者や食事を終えた少年たち数人と、食堂のテーブルでドミノを始めた。テーブルの上に、0から6までの目を持つ二つの正方形がくっついた牌を、同じ目同士、組み合わせて出していくゲームだ。早く手持ち牌を出し切った人が勝つ。
パートナーでフォトジャーナリストの篠田は観客となって、彼らのプレイを見守っていた。その間、私はシオマーラにいくつか質問をしてみる。
「アンジェロの過去は、よく知っているんですか」
すると彼女は、「ええ。実は私、彼が刑務所に入る前からの知り合いなんです」と微笑み、目を見開いて、「彼はとんでもない悪党でしたよっ」と、呆れ顔をしてみせた。そして、こう言いそえる。
「だから私の両親は、結婚に絶対反対でした。でも私は、彼は本当に変わった、と思います」
と、そこへ篠田が、
「ねえ、アンジェロが凄いんだよ」
と、やや興奮気味に私の肩を叩いた。どうしたのかと思えば、
「3回連続で勝ってるんだ。神がかってる」
まさか、ただの偶然だろう。疑いの目を向ける私の方を見て、アンジェロがニヤリ。まだ勝てるぞ、という顔をする。他のプレイヤーたちも、目を丸くしている。気になった私は、シオマーラと一緒に観客の仲間入りをした。すでに次のゲームが進行中だ。すると、再びアンジェロの勝利。これまでの彼の人生を想うにつけ、その強運がただの偶然ではない気さえしてきた。
そこで篠田が、アンジェロの「神がかり具合」を確かめようと、自分もゲームに参加することに。そうすると、遂にアンジェロが勝利を逃した。彼もやはり「人」だったのだ。