スサーナは語る。
「私は11歳で、当時15歳だったアンドレスの父親と出会い、一緒になりました。それからまもなく、M-18のリーダーの妻という立場に。すべては、実家を出たい一心で取った行動がもたらした結果でした」
親に世話をしてもらった記憶のない彼女は、物心ついた時からきょうだいと祖母の家に暮らしていた。極貧生活だった。その息苦しさから抜け出すために、ギャングの恋人になる。
「自分が愛される場所が欲しかったんだと思います。夫の家族は優しい人たちで、まだ子どもだった私にとって、本当の家族以上の存在でした。今でも彼の両親、つまりアンドレスの祖父母は、私を実の娘のように想ってくれています」
11歳だった彼女は、初めて家庭的な空気に包まれた日々を過ごす。だが、夫となった少年は、ギャングとしての地位を築くにつれて、麻薬にハマり、暴力的になっていった。
「息子たちが生まれてからも、暴力は続きました。あの子たちには申し訳ないと感じつつも、私はある日、耐えられなくなって、家を出たんです」
幼かったアンドレスは、父が母に対して暴力を振るったかどうかも、覚えていない。母親がいなくなったことが、ただ寂しかったという。だから、11歳の頃に連絡が取れ、また会えるようになってからは、ずっと母親を大切にしている。
「ギャングがあなたを殺すと脅してきた時、アンドレスは相当に心配したようです」
私は、数週間前の脅迫事件を話題にした。するとスサーナは笑いながら、こう言った。
「あの件は、私が自分で解決しました。昔の仲間に頼んで、誰があんな脅迫メッセージを送ったのか、突き止めたんです。その男は、ターゲットが私だとは知らずに、雇われてSNSで脅迫メッセージを送ったということでした。『知っていたら、やらなかった』と謝ってきました」
組織を離れて17年が経過していても、元M-18リーダーの妻は、それくらい影響力を持つということか。
「M-18のメンバーは、仲間同士の絆が強いんです。だから、私ががんの治療費が必要だとわかった時も、カンパを募ってくれました」
スサーナは、クーポン券のような長方形の紙切れを1枚持ってきて、目の前のテーブルに置いた。紙には彼女の写真とフルネームが印刷され、「乳がん治療を支えよう」と書かれている。
「1週間で5000レンピーラ(約2万2000円)も集めてくれたんですよ」
スラムでは大金だ。名前と顔写真だけでそれだけのお金が集まることが、M-18における彼女の立場と、M-18という組織の性質を表していた。
そばで話を聞いていたジェニファーが、こう付け加える。
「M-18には、メンバーの家族の互助会もあるんですよ。また、スサーナたちは、私が入る前のJHA-JAが職業訓練として初めて行ったTシャツの製作に参加した世代です」
アンドレスの両親は、あのジェシカが愛したホベルの、一つ前の世代のM-18リーダーだったのだ。
「今は、ここで誰と暮らしているんですか」
現在の暮らしを尋ねると、スサーナは隠すことなく、説明してくれた。
「今の夫は、この周辺を縄張りとしているギャング団、テルセレーニョスのメンバーです。でも、私自身は、もうギャングを引退しているので、夫と関係なく、誰の支配地域でも行けます」
それならば、と、私たちはアンドレスの育ての親、彼女のかつての義父母のところへ連れていってほしいと頼んでみた。アンドレスが育った家を見てみたかった。するとスサーナは、「体調がいいので、一緒に行きましょう」と快く引き受けてくれた。
私たちは、彼女と隣人姉妹を連れて、ジェニファーの車に乗り込んだ。
引き裂かれる家族
家は、スサーナの住まいから車で5分ほどのところにあった。赤い鉄格子の門を入ると、左手にトタン屋根とコンクリート造りの家が立っていた。屋根続きで敷地の奥へと何軒か連なっている。スサーナが声をかけると、一番手前の家から70歳になったというアンドレスの祖母が出てきた。幼い頃、アンドレスが「ママ」と呼んだ女性だ。
彼女は、亡き息子の元妻を抱きしめると、私たちと握手をしてから、奥に夫であるアンドレスの祖父を連れに行った。足が弱って歩けないため、車椅子に乗っている86歳の老人は、認知症も患っていた。だが、その日は顔色がよく、終始にこやかに私たちを眺めていた。アンドレスにとって、彼は大工に左官、何でもこなす職人で、尊敬すべき祖父だった。
玄関口のテラスで、アンドレスとの出会いやここを訪れた経緯について話していると、奥の家からさらに4人が顔を見せた。アンドレスの親戚だ。
「さっき、話してたんです。ここでは私、実の娘のように可愛がられていたと」
スサーナがそう話しかけると、元姑も「そうだね」と頷く。