「息子が道を踏み外さなければ……」
どうやら、アンドレスの父親が暴力を振るったために、スサーナが家を出たというのは、本当のようだった。そのせいで、少年は7歳の時から兄と祖父母のもとで育った。
「アンドレスは、皆さんにもう一度会いたいと言っていました」
そう伝えると、祖母は悲しげな目をした。
「でも、ここに戻ってはいけないと、忠告しているんです。戻れば何をされるかわからない。メキシコにいる方が、あの子のためになります」
母親であるスサーナも深いため息をつきながら、同じことを訴える。
「あの子は、戻ってはいけないんです」
それから3週間後、私たちはメキシコシティのあるカフェテリアで、アンドレスと待ち合わせた。遅刻して現れた青年は、どこか浮かない表情で私の前に座った。
「母さんと家族の写真を、ありがとう」
私がメールで送った写真の礼を言う。何か落ち着かない様子だ。
「ところで、お母さんがいろいろ話してくれたんだけど……」
私はスサーナが語ったメキシコへの旅や、彼女と元夫、つまりアンドレスの両親がM-18の主要メンバーだったという事実について、話した。青年は、想像していた父母の過去を確認し、それが私たちにも伝わったことを知った。そして、「メキシコへの旅にお母さんが同行したこと、なぜ話さなかったの?」と尋ねる私に、意を決したかのような表情で、こう答えた。
「本当のことを言わなくて、ごめんなさい。でも、あの時はただ、僕のギャングストーリーに、母さんを巻き込みたくなかったんだ」
こちらを見る瞳に、温かな光が差していた。母親自身の口から真実が語られたことで、ようやくすべてに踏ん切りがついたようだ。
モヤモヤからは解放されたアンドレスだったが、その心には家族への思いがこみ上げていた。
「母さんやおじいちゃん、おばあちゃんにはもう、生きているうちには会えない気がする……」
よほど状況が変わらない限り、故郷に帰ることができない元ギャング青年は、がんに蝕まれた母と老いゆく祖父母の死を、覚悟しつつも受け入れられずにいた。
半年後、世界は、パンデミックに襲われた。それは現在も、多くの人に辛く苦しく心の休まらない日常を強いている。勤務先が一時休業になったアンドレスは、兄の稼ぎに頼る毎日を過ごし、食事を減らしていたせいで貧血を起こして階段から転落し、頭を打った。幸い、大事には至らなかったが、心労は続いている。ホンジュラスの医療現場が逼迫する中、母親の乳がん治療のその後が気になるからだ。
その母親スサーナは、SNSで「息子には、すべては伝えていません」と前置きし、こう書く。
「最近、反対の胸にもしこりを感じるんです。でも外出が禁じられていて、病院にも行けない、薬も足りない。とても不安です」
貧困、暴力、病、パンデミック。理不尽な現実の積み重なりが、絆を求める人々を引き裂いてゆく。