前夜は体調がイマイチだったので、酒場には行かず、早々に寝た。旅先で酒場に行かないのはなんとも残念な気がするが、まだ旅は続くので、仕方なく。
朝起きると、体は良くなっていた。カーテンを開けると線路が見える。そう、この部屋はレールビューと謳われていたくらい、ほんとに線路のすぐそばのホテル。自分は鉄道マニアではないが、ローカル線が好きだ。見たことのない列車に乗るのも好きだ。車窓から知らない街を、風景を眺めるのは、もっと好きだ。
ということで、この日は網走駅から列車に乗ってみることにした。知床の方に行ったことがないので、そっちの方へ。駅に行って時刻を調べる。本数が少ないので、戻れるかどうか確認してから、列車に乗った。1両編成で、席はすでに埋まっていた。平日だったが、旅行の客だろうか。ドアのところにもたれかかって外を眺めることにした。
釧網(せんもう)本線を列車が走り始める。昨日自転車で駆け回った能取岬が見える。オホーツク海だ。小さな駅舎がある。旅行者が自撮り棒で記念撮影をしている。遠くに馬の群れ。大きなトラックが走る。小さなこの列車は、雄大な景色の中をトコトコ走ってゆく。いつかはこの線路も廃線になってしまうのだろうか。1両編成の列車は、俯瞰して見ればオモチャのようだが、乗っていると迫力を感じる。不思議な乗り物だ。
しばらくすると、知床斜里駅に着いた。帰りの時刻表を調べると、16時44分。次が最終で19時4分。最後の夜は網走でゆっくり飲みたいので、16時44分の列車で帰ろう。
知床斜里発網走行き、時刻表
何も調べずに来たが、何かはあるだろう。駅の近くの観光案内所のようなところに行き、自転車があるか聞くと、ここにはないが、少し歩いたところにある店で借りられるとのこと。助かった。自転車があれば何とかなる。この日もオホーツク地方は暑かった。もう夏の北海道は涼しいところではなくなっているのかもしれない。薬局で経口補水液を買った。教えてもらった店に行くと、自転車は無事に借りられた。前日の反省を生かし、ヘルメットはカゴに入れた。熱中症になるからだ。さてどこに行こう。目的は、ない。
商店街のようなところをゆっくり流し、喫茶店を探すも見当たらない。海が見たくなったが、何かが邪魔してたどりつかない。ただ、大きな川はあった。斜里川。しばらく橋の上で夏の川を眺めていたが、3分くらいで飽きてしまい、また自転車を走らせた。お腹が空いてきたので、駅の近くの居酒屋に入り、定食を頼んだ。客は男性の2人組と、自分だけだった。先客の2人2組は、ガッツリ食べていた。よく出くわす光景だが、自分と同じ年くらいの男性でも、仕事の休憩中の男たちは、よく食べる。ラーメンとチャーハンと餃子、とか。自分は食が細くなったのか。あるいは仕事と呼べるようなことをしてないのか……。
店を出ると、コーヒーが飲みたくなった。もう少し探してみようと思った。少し奥の路地、通り。ここを折れて、などジグザグに自転車を走らせた。すると、先の方に、黄色い幌が。あれは間違いなく喫茶店の幌だ。ゆっくり近づくと、よっしゃあ。小さくガッツポーズ。喫茶店であった。しかも中に入ると、赤いベルベットの椅子。渋い店内。理想の店だった。食事も美味しそうだった。コーヒーが飲みたかったが、バナナジュースを頼んだ。
ボーッと汗を拭きながら店内を眺めていると、お母さんと娘さんらしき2人組が入ってきた。娘さんは中高生くらいか。夏の喫茶店で母娘。いい光景だ。会話は聞こえないが、2人の影かたちを感じながら、ひと休みした。
大好物の喫茶店
目的のない旅は、すべてが正解になる。自転車のペダルをこげば、未知の世界へ。なんてロマンティックにいきたいところだが、暑い夏の昼日中、ずっと外にもいられない。店を出れば、また強い日差しに照らされる。運良く2軒目の茶店に巡り合えたので、そこに入る。今度こそコーヒーを頼み、窓の外を眺める。2階から、商店街を眺める。しばらくすると3人組の女性が入ってきて、おしゃべりを始めた。同級生か。20代後半だろうか。1人は身ごもっていて、帰省中のようだ。里帰り出産だろうか。1人は旦那のグチを言い始めたので地元で結婚し暮らしているのだろうか。もう1人は自分のことはあまり喋っていないようだ。その3人の会話を、左耳で、聞いていた。地元のタウン誌を読むふりをして。旦那のグチを言っていた女性は、途中から、旦那の良いところを喋り始めた。ほう、と思いながら聞いていた。さんざん喋ったら、気持ちがスッキリしたのか。真相は分からないが。楽しい時間を過ごさせてもらい、店を出た。窓から見えた洋菓子の店が気になったので、そこに入ってみた。