翌朝、貝塚のホテルで目を覚まし、岸和田競輪場へと向かった。6月22日だったが、もうはっきりと夏で、猛暑日だった。競輪場に着くと、ずっと外にはいられないような日差しと暑さで、アイスを食べたり、冷房が効いている建物を探したりと、落ち着かなかった。途中で帰ろうかと思ったが、せっかく来たのだからと、決勝は見ることにした。地元古性優作選手への声援は大きく、しっかりと近畿ラインから優勝者が出た。

暑い暑い岸和田競輪場
これから貝塚のホテルに戻り、預けていた荷物とギターを受け取り、東京へ帰ることが、なんだか少しつまらないことのように思えた。一杯飲みたい。まず茶店で一息入れたい。とりあえず名前の通っている「岸和田」駅に行ってみよう。何かあるはずだ。競輪場の最寄の春木駅から南海本線に乗り岸和田へ。駅前に大きなアーケードがあり、裏路地に入ると良さげな喫茶店があった。そこでアイスコーヒーを飲む。この調子で行けば、よい飲み屋を探すことができそうだ。店を出て歩く。しかし、1人でカウンターで飲めるような店は見つからなかった。貝塚に戻って、合いそうな店があればそこで飲み、なければ宿へ戻って東京へ帰ろう。
貝塚に戻ると夕暮れで、少しずつ街に明かりが灯り始めていた。商店街の店は日曜日で閉まっていたのか、それらしい飲み屋はなかった。路地を入っていくと、道が少し複雑に入り組んでいて、くねっとした道を歩いていると、急に立派な赤提灯が現れた。ここしかない、という出で立ちだった。その時点で延泊が決まった。宿に電話を入れた。
店に入りカウンターの端で少し飲ませてもらった。大将は常連さんと話していたので、静かにしていた。旅がふくらみ始めた。つまみで食べた堅い煮豆がお土産でも売っていたので、それを買って店を後にした。
さっき歩いていて気になった看板に灯りがついていた。じゅうたんスナック。これは入るしかないと扉を開けると、床一面に赤い絨毯が敷き詰められていて、靴を脱いで入店。マスターから貝塚の今昔話を聞けた。古い建物がたくさん残っているのは色町の名残りだという。それから大阪の政治の話をしてくれたが、お客さんがどんどん入ってきて、満席になったので、店を出ることにした。この2つの店に行けただけで、延泊した甲斐があった。
翌朝茶店でモーニングを食べ、じゅうたんのマスターから聞いた話を頼りにぷらぷら歩いていると、たしかにそれらしい建物がいくつかあった。その建物をじっと見ていると、散歩していたおじいさんが話しかけてくれた。ここからあっちは空襲で焼けた。こっちが焼けなかった。そんな話をしてくれた。
色町の名残り
その日は曇り空だったが、街は居心地が良かった。古い建物がある路地からは、やわらかな色気のようなものが、立ち昇ってくる気がした。
前の晩見かけて気になっていた洋菓子の店へ。昼間はやっていた。中に入ると奥が喫茶スペースになっていてコーヒーも飲めるらしい。入り口にあるショーケースからケーキを選び、奥へ。頼んだ苺のショートケーキは、エアドーベールという名前だった。スイス洋菓子の店なので、スイス語と女将さんは言っていた。
レジにはクッキーも売っていた。LOVEクッキーという名前のハート型のクッキー。それを買って席で眺めた。ノートを取り出して店の名前を書く。レマン大正庵。レマン大正庵のLOVEクッキー、と小さく声に出して読むと、もうそれは歌の響きをたずさえていた。テーブルの上のエアドーベールを、ガラケーで撮ってから、いただいた。

エアドーベール