大阪でライブをする機会があまりなく、呼んでもらえた時はありがたかった。
主催してくれたのは、Aさんという、昔からライブに来てくれていた方だった。
元々はCDショップで働いていて、その時からお世話になっていた。初めて会った時、Aさんはまだ高校生だった。
以前から、ライブを企画させて欲しい、と言ってくれていたが、ようやく実現する運びとなった。京都のライブに来てくれて、そこで打診された。やって欲しいところがあるんです、と。
場所は醤油蔵だった。大阪の南の方、河内長野という街に、その醤油蔵はあるという。面白そうなのでぜひ、と応え、ひとまず帰京し、詳細はメールのやり取りで詰めていった。
ライブの開催は2025年6月に決まった。正確には、決めさせてもらった。ちょうど大阪で競輪の大きなレースがあるので、ライブとくっ付けさせてもらった。競輪は岸和田にある競輪場。ライブ会場は河内長野。地図で見たらそんなに距離はなさそうだったので、安直にくっ付けてしまったが、あとで列車を調べると、そこを結ぶ鉄道はなかった。ライブが終わって競輪場の近くの宿に行くには、少し時間がかかる。でも岸和田の近く、貝塚という街に宿を取ることにした。
河内長野へは、なんばから特急が出ていた。特急「こうや」。高野山へと向かう列車だ。ホームに行くと、行先表示が「修学旅行」の電子プレートになっている特急があり、少し気分が高揚した。車窓を眺めていたら30分くらいで河内長野に着いた。駅に着くと改札にAさんが待っていて、一緒に会場へ向かった。
特急こうや
歩くとすぐに商店街の入り口になり、2つ目くらいの店で、いきなり店主を紹介された。なんだろうと思ったら、その方は自分がお世話になったことのある映画監督のご兄弟だった。監督からは出身の話は聞いたことがなかったのでびっくりした。少し縁がある街なのかなと思った。
幅のある道から、ぐっと細い路地に入ってしばらく歩くと、醤油蔵があった。今は醤油蔵として稼働していないが、たまにライブや、落語会をしているとのことだった。何十年も使われた醤油樽に囲まれて、どんなライブになるのだろう。リハをして、本番まで時間があったので近所を歩くことにした。
長野商店街と書かれたアーケード街は、店がぎっしり並んでいたが、シャッターが閉まっている店が多かった。そんな中、新しめの看板に喫茶店と書かれた店があった。入ってコーヒーを頼み、店の方に話を聞いていると、「今、昔の地図を作っているところなの」と大きな模造紙を見せてくれた。そこにはかつてあった店の名前がぎっしりと書かれ、「まだ近所の人たちへ聞き取り中」とのことだった。色々な職業があり、かつての街並みを見ていないのに、その賑わいを想像することができた。

今昔ものがたり
醤油蔵に戻り、約100分、ライブをやらせてもらった。お客さんも蔵の独特の響きを、楽しんでくれているようだった。終わって蔵の中で軽く乾杯し、皆さんと別れた。
宅急便を送るのでAさんに運ぶのを手伝ってもらいコンビニへ。荷物を出し終わり歩き、ここで、と挨拶をすると、Aさんが「寝ながらメガネ」という曲はすごいです、と急に言った。「寝ながらメガネをかけると、メガネは壊れるよ」という歌詞の、なんて事のない曲なのだが、「小さな息子が寝た後にあれを聴いていると、ものすごく平和な曲なんだということに気づくんです」と感想を言ってくれた。真剣な眼差しで言ってくれたので、不意に胸を突かれた。もうほとんど店の閉まっている商店街の薄明かりに、2人だけが浮かび上がっているようだった。ありがとうございます、と礼を言い、駅へ向かった。