甲府の夜は賑やかだ。賑やかというのとは少し違うか。ギラついている地帯も、ある。ホテルに荷物を置き、少し夜の繁華街を歩いた。ご飯も打ち上げでいただいていたので、お腹は減っていない。酒だけ飲みたい。古いビルがいくつもあり、直感を頼りに地下にもぐる。ここで何十年もやっているというバーに入れた。店に入ってから、常連さんに古い店だと教えてもらう。マティーニと、もう一杯カクテルを飲んだ。ここも甲府ライブのレパートリーに入れたい。真冬の盆地だったが、体は火照っていた。ホテルに戻り、水を大量に飲んで眠った。
翌朝目覚めると、カーテンの隙間から、光が漏れていた。清らかな光。カーテンを開け窓を開けると、冷たい風がもわっとした部屋にすーっと入ってくる。山だ。雪の山が見える。シャキッとしたいがまだ酒は残っていて、体調も良くはない。シャワーを浴び、水を大量に飲み、オルニチンを飲み、部屋を出た。
県立の美術館に行きたかったので、ロビーで経路を聞くと、歩きでは無理とのこと。バス停はここにあります、と地図を受け取る。行ってみるか。

朝、ホテルの部屋から
二日酔いの時、冬だとちょっと助かる。体の熱が上昇して、だいたい顔の方が熱くなるので、ひんやりした空気だと、その熱を冷ましてくれる。冷たいペットボトルの水を買って冷やさなくてもいいな。そんなことをうっすら考えながら、バス停へ向かうが、教えてもらった場所にバス停がない。近くにあっても、それは美術館へは行かないようだ。まあ冷たい空気が気持ち良いし、歩いて行くか、と徒歩にシフトチェンジ。途中でバス停はあるだろう。そんな気分で歩き始めた。
甲府は桜座のあたりが中心地と思っていたが、歩いてみると、店は点在していて、少し不思議な街の成り立ちをしていた。イメージとしては地域ごとに商店がいくつか集まっている感じ。駅の周りだけに店がある、という感じではなく。これは後で分かったことだが、山梨には「無尽」という昔からの慣わしがあって、よく集まって飲む会があるとのこと。そういえばバーでもその話をしていた。この「無尽会」があるから、地域ごとに、集まれる店ができたのではないか。駅を中心にした街とは少し違うので、歩いていて面白かった。しかし、道がデカいし、移動距離もある。これは次回は自転車が必要だと思った。
駅から離れたところに、飲み屋
美術館はやはり遠かった。ホテルのロビーの人は正しかった。歩いても歩いても見えてこない。大雑把な地図しか持っていなかったので、こっちの方かなと歩くと、標識から美術館の文字が消える。少し休憩したい。朝から何も食べていない、喫茶店が欲しい。そう思って歩きくたびれていると、看板が見えた。「営業中」の文字がうっすら見えて、次に「COFFEE」の文字。自分は喫茶店出会いの天才なのだと、その時強く思った。店に入るとストーブが焚かれていた。ダウンで歩き回っていたので、少々暑い。一気にセーターまで脱ぎ、Tシャツ姿になった。
珈琲屋は壁も天井も木で造られていて、壁には柱時計が何個もかけられていた。ガラスで隔てられた小部屋は、そのまま焙煎室になっていた。こんな店にありつけるなんて、なんてついているのだろう。もう何十年も使われているような大きな焙煎機。コーヒーも美味しく、柱時計の振り子がチカチカ揺れる。ノートを取り出す。一気に歌ができそうだ。しかし、トイレに行って戻ってくると、マスターが、もう閉店です、と言う。11時半までなんです、と。非常に残念に思ったが、少し話を伺うと、朝早くからやって昼前には閉めているということが分かった。ちょっと話を聞きたかったので、豆は買えますかと聞き、いいですよ、と譲ってもらえることに。用意してもらっている間に少し話せた。とても素敵なお店で、駅からずっと歩いてきて、やっとホッとできるところがあった、ありがたい、そんなことを伝えると、ずいぶんと長く店はやってきたけど、もう年内でやめようと思ってるんです、と。ショック。えーそうなんですか…もったいないですね…と口にはするが、店はその人のもの。店はその人そのもの、だから、という感情も少しは芽生え、静かに豆を買わせてもらい、また来ます、とできない約束をして、外へ出た。コーヒー豆は100グラム300円だった。安すぎる。
とても深いため息と共に、店の写真を撮り、遠くなって行く店をもう一度写真に収め、また歩き始めた。常連でもないのに、ましてや一見なのに、こんなことを思うのはどうしてなのだろう。
その日の夜、東京に戻り検索エンジンに店の名前を入れると、赤く「閉業」の文字。うそだよ、やってるよ。朝だけ、やっているのだ。おれの情報が正しい時も、ある。手帳の9月19日のところに、甲府ライブ、と書き込んだ。
珈琲屋のマッチ