新緑が美しい季節です。アトリエから山肌を眺めると、植林されたスギやヒノキの林と雑木林とで色が違っているのがはっきりわかります。針葉樹が深緑色をしているのに対して、広葉樹は明るい黄緑色なので一目瞭然。比叡山は山全体が植林されているので暗い印象ですが、「光の田園」の上流部には、まだまだ雑木林が残っていて心が和みます。
この時期、棚田に隣接する林縁を歩くと、梢(こずえ)から垂れ下がるようにして咲く薄紫色の花に出会います。それは里山に自生するフジで、古くから日本人に愛されてきた艶やかな植物です。大樹に巻きついたツルが枝葉を広げ、逆さ円錐の姿で花穂を垂れている様は、見事と言う他はありません。
フジはアトリエの入り口にもあります。このフジは、土地を再生した30数年前からあったクヌギの大木に巻きついていて、樹高20メートルくらいの梢に花を咲かせるので、仰ぎ見ることになります。残念なのは、あまりにも高所なので、咲いていることにほとんどの人が気づかないまま花が終わってしまうことです。そういう私ですら、油断していると「今年は花を見なかったな」ということがあるほどです。
アトリエの雑木林の林床には、フジの子どもたちがいっぱい芽を出します。これらの子孫を放置すると、細い木々に巻きついて縦横無尽にはびこることになります。自生のフジの花が咲いている場所は管理が不十分な土地だと言われることもありますが、致し方ありません。
フジは他の樹木に巻きついて太くなっていき、何年か経つと、どちらが巻きつかれた樹木でどちらがフジの幹なのかわからなくなることもあります。そして、時には樹木を締めて枯らしてしまうこともあるのです。おまけに、太陽の光も奪ってしまうので、周辺の木々に与える影響も大きいようです。このように、フジはあまり繁茂しすぎるとやっかいな植物になってしまいます。
一方で、フジはルリシジミの幼虫が食べる植物でもあるので、蝶を大切にする私のアトリエの庭ではとても重要です。私は種子から発芽して間もない実生(みしょう)の芽は適度に剪定して、成長させるものとそうでないものを決めています。ただし、剪定と言っても根の部分は残すので、またすぐに新芽が吹き出します。
数年前、里山の取材で京都府宮津市上世屋(かみせや)を訪れました。上世屋は棚田の中に茅葺き民家の名残がある美しい集落です。そこで、フジヅルを使った伝統的な工芸品に出会いました。とくに感動したのは、弥生時代から伝わるという「藤織り」。息も絶え絶えになっていた伝統を熱心な保存会の方々が受け継いでいました。藤織りのジャケットを羽織らせていただきましたが、軽くて風通しがよく着心地がとても良かったです。
こんなふうに、フジという植物の魅力がもっと見直されると、里山の管理の仕方が、良い意味で変わってくるかもしれません。
「光の田園」
アトリエのある滋賀県大津市仰木地区の谷津田の愛称。美しい棚田が広がる。