稲の収穫が終わり、「光の田園」には刈田の風景が広がります。農家の人の姿はまばら、所どころで畦(あぜ)焼きの煙が立ちのぼっています。土手に腰を下ろして虫の声を聞きながら佇むひとときは、何とも贅沢なことだといつも思います。
気温が刻々と変化する秋のこの季節は、生きものたちにも動きが出てきます。アトリエの庭ではキーキーというモズの声を耳にすることが多くなりますし、ミカン類の葉にはアゲハチョウの仲間の幼虫をよく目にするようになります。
蝶の幼虫といえば、ルリタテハの幼虫もこの時期に発見しやすくなります。サルトリイバラやホトトギス(杜鵑草)の葉を注意して見ていると、毬栗(いがぐり)姿の幼虫を見つけることができます。ルリタテハの幼虫は鋭い棘(とげ)を身にまとっていて、棘をアップで見てみるとまるでサボテンの針のようです。
クリーム色の棘の先端部だけが黒くなっているので、毒があるように見えます。雨の日には棘に水滴がついていて注射針を連想してしまいます。でもこれは見かけ倒しで、本当は無毒です。手に触れるとほんの少しチクリとした感触がありますが、心配はいりません。「いきもの観察会」でもこのことはよく尋ねられ、そのたびに毒がないことを説明するのですが、あの姿を目にすると恐怖心が先立つのか、誰も触ろうとはしません。
食欲旺盛な鳥たちを怖がらせようと思ったら、あたかも毒があるように見せるには、これくらい派手な演出をしないと、うそを見抜かれてしまうのかもしれません。同じタテハチョウの仲間であるアカタテハやキタテハなどの幼虫も棘をもっているのですが、やはり毒はありません。
蝶の幼虫に限らず、自然界で身を守るのに棘は役立っているようです。東アフリカのサバンナでは、枝に長い棘をもつアカシアにたくさん出合います。この棘は葉を食べるキリンなどの動物から身を守っているといわれています。実際、長い舌をもつキリンには、アカシアの葉はとても食べにくそうです。この効果にあやかって、アカシアの棘の間に巣をつくるアリの仲間もいるほどです。
また、中米のコスタリカに棲むバラノトゲツノゼミは体長1センチに満たない小さな昆虫で、背中に1本の角をもっています。単独で見るとトンガリ帽子をかぶったセミのように見えて、何と風変わりな昆虫だろうかと感心するだけです。しかし、この昆虫が植物の小枝にたくさん集まって並んでいると、鋭い棘のあるアカシアと瓜二つになります。そのため、鳥たちは棘が危険だということ以前に、それが昆虫であることにも気づかないようです。
こうして改めてルリタテハの幼虫の棘を見ると、芸術的なフォルムに感心してしまいます。
秋は気持ちのよい季節なので、鳥の声や小さな命に心をかたむける余裕ができるのかもしれません。
「光の田園」
アトリエのある滋賀県大津市仰木地区の谷津田の愛称。美しい棚田が広がる。