ヘロルトの部隊が辿りついた脱走兵収容所では、もはや戦力にならない兵隊を厄介払いしたい管理職がおり、「即決裁判」を主張するヘロルトの権威を借りて、彼らの超法規的な抹殺に手を貸します(これも史実です)。ただ、行き先を失ったヘロルトの部隊は、自己破滅へと追い込まれていきます。どの国や時代でも敗戦が濃厚になると、終末論的な雰囲気が蔓延し、人々が半狂乱になることは、歴史家ヴォルフガング・シヴェルブシュ『敗北の文化』(福本義憲、高本教之、白木和美訳、法政大学出版会、2007年)が描写するところです。権力が自己目的化してしまうと、崩壊を余儀なくされるものです。
『ちいさな独裁者』では、権威主義の心理的な側面と機能的な側面の両方が描かれています。日本でも「忖度」という言葉が流行っていますが、権威は皆が自分のことしか考えず、その役割を演じることによって、本物のものとなっていきます。そうした構造をこそ、アーレントは「悪」と呼んだのでした。これこそが独裁者を生み出す源でもあるのではないでしょうか。
(*1)
Frank Dikötter “HOW TO BE A DICTATOR” Bloomsbury publishing, 2019(未邦訳)
(*2)
T.W.アドルノ『現代社会学大系12 権威主義的パーソナリティ』(田中義久、矢沢修次郎、小林修一訳、青木書店、1980年)
(*3)
『ケインズ全集 第2巻 平和の経済的帰結』(早坂忠訳、東洋経済新報社、1977年)
(*4)
ハンナ・アーレント『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告[新版]』(大久保和郎訳、みすず書房、2017年)