先に書いたように、団塊ジュニアの私が子どもの頃、自分の満たされない人生にリベンジするかのように子どもの教育に熱を上げたのは母親だった。結婚、出産し、専業主婦になり、仕事をするにしてもパート程度という選択肢くらいしかなかった団塊世代の母親たちは、娘や息子に過大な期待を押し付け、時に苦しめた。父親はいついかなる時も仕事人間で、家庭には常に「不在」だった。
しかし、格差社会が定着した今、「企業戦士」として戦う地位を与えられない一部男性たちの視線は「理想の家庭」に向いているのかもしれない。そこで子ども相手に「完璧」を求める。それが自身の自己実現や承認欲求に直結しているからこそ、思い通りにならないことがあると許せないのではないか。
雄大のDVや虐待がより酷くなるのは、香川県から上京し、職探しをしていた最中だ。東京に行けば友人知人もたくさんいる、もっといい仕事も見つかる、新しい土地でやり直せば何もかもうまくいく――。雄大と優里は、そんなふうに信じていた節がある。香川で結愛ちゃんが二度も行政に一時保護されていたこともあり、逃げ出したい気持ちもあったのかもしれない。しかし、東京に来たものの仕事はなかなか見つからない。そして上京から1カ月と少しで結愛ちゃんは亡くなっている。
ちなみに16年、名古屋で中学受験を目指していた12歳の少年が刺殺されるという事件が起きているのだが、実の息子を刺し殺したのは父親だった。父親は中学受験の指導に熱を入れるあまり刃物を持ち出すようになり、息子を刺し殺したのである。いわゆる教育虐待だ。
裁判では、その父親自身も、実の父親から刃物で脅されるという教育虐待を受けていたことが明らかになった。この家庭では父親も祖父も超進学校に進んでいるのだが、父親自身は大学に進学せず、親が熱烈に望んでいた薬剤師にもなれず、親からは「負け組」と言われていたという。そんな父親が唯一「勝ち組」になれるのが、息子が中学受験に勝ち抜くことだったのだろう(参考=おおたとしまさ「名古屋教育虐待殺人事件『中学受験で父親が息子を刺すに至るまで』〜『被告人もその父親から刃物を向けられていた』裁判傍聴記」、文春オンライン)
「理想の家族」という目標を手に入れた雄大は、異様なほどの情熱で結愛ちゃんの「教育」にのめり込んでいく。
日常のあれこれについて細かく指導するだけでなく、香川にいる頃は、仕事から帰ると毎晩のように結愛ちゃんの将来についての話し合いが始まったという。 そのうちに結愛ちゃんへの暴力が始まる。怒る理由は、結愛ちゃんが隠れてお菓子を食べたとかそんな他愛ないことだ。それなのに、大の男が怒りで体を震わせる。剥奪感の中にいた男がやっと見つけた、「自分の思い通りにできる相手」。その相手が言うことを聞かないのが耐えられなかったのだろう。
この頃になると、優里の頭の中は「どうやって雄大を怒らせないか」でいっぱいになる。長期的な展望をもって解決策を考える、などは到底できない。常に大型肉食獣が目の前にいて、いつ自分を襲うのかといつも息を潜めている状態だ。とにかく、刺激しないように薄氷を踏むような日々が続く。何しろ雄大を怒らせてしまったら、結愛ちゃんの身に危険が及ぶのだ。雄大は優里の両親や友人をバカにしているので相談などできない。優里が自殺を考えるようになるまで時間はかからなかった。
たまりかねて離婚をお願いすると、小さな息子に「可哀想に、母親に捨てられるんだ」と雄大は言う。恐怖だけでなく、罪悪感にもがんじがらめにされて身動きがとれない。もし、自分だったら。優里と同じことをしなかった保証など誰にもないのではないか。小さな子どもが二人、人質にとられているのだ。
結局、優里は結愛ちゃんを守ることができなかった。が、手記を読み進めていくと、行政がなんとかできる瞬間は幾度かあったということがわかる。しかし、「様子を見ましょう」という言葉で時間ばかりが過ぎていく。
結愛ちゃんの事件が起きた後、千葉県野田市で小学4年生の女の子が父親の虐待を受けた末に死亡した。父親はやはりDVで妻を支配するという、結愛ちゃんのケースと非常によく似た構図だった。そうして「しつけ」と称し、女の子には凄絶な暴力が振るわれていた。20年2月21日、傷害致死に問われた父親の裁判が千葉地裁で始まり、3月19日には判決が出る予定だ。
イクメンという言葉を持ち出すまでもなく、父親が家庭や子どもに関心を持ち、しつけや教育に熱心になることは「いいこと」「理想的」とされてきた。しかし、そこに父親の剥奪感や人生へのリベンジが持ち込まれた時、子どもの命は簡単に危険に晒される。
不在だった昭和の父とは対照的な、格差社会の父親のいびつな姿がそこにある。
次回は4月1日(水)の予定です。