〈もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして〉
わずか5歳の女の子は、そんな反省文を残してこの世を去った。2018年、東京都目黒区で起きた虐待死事件で犠牲となった船戸結愛(ゆあ)ちゃんだ。死の約ひと月前、香川県から東京に来たばかりの結愛ちゃんの体重は、その約1カ月で4キロも落ちていた。全身には170カ所以上の傷やアザ。死因は敗血症。養父・船戸雄大によって日常的に虐待を受け、食事も制限されていたという。
実の母親である優里は、なぜ虐待を止められなかったのか。なぜ、弱った娘を病院に連れて行かなかったのか――。
事件直後にはそんな批判も起きたが、その後、優里は雄大からDVを受けており、精神的に支配されていたことが明らかになった。優里は雄大逮捕の3カ月後に逮捕。雄大には19年10月、懲役13年の刑が確定し、優里は懲役8年を下されて控訴中。そんな優里が手記を出したと知ってすぐに読んだ。
船戸優里『結愛へ 目黒虐待死事件 母の獄中手記』(小学館、2020年)には、多くの人が身に覚えのある「女の生きづらさ」があらゆるページに刻まれていた。
「出会う男によって人生が恐ろしいほど左右されてしまう」という、私たちがよく知るストーリー。そして随所から滲み出る優里の自信のなさ。自己肯定感の低さ。自分のことを「バカだから」と優里は何度も書く。自分がバカだから。「それで怒られ、呆れられ、バカにされてきたから」と。
そんな優里が結愛ちゃんを産んだのは19歳の頃。夫となった人も19歳の若い夫婦だった。結愛ちゃんが生まれた頃の描写は、キラキラした毎日が目に浮かぶようだ。しかし、夫は家事も育児も一切せず、家計にも無頓着で服やアクセサリーを買い漁る。また「私を抱こうとしなくな」り、誘ってみると「気持ち悪い」と返す。それだけでない。「お前はバカだ」「なんでそんなことができないの?」などと日常的に言われていたようだ。離婚届にサインした日、夫は「お前はマグロだからな」と言って笑ったという。
この「マグロ」という言葉は、優里に深い傷となって残ったようだ。
元夫は離婚後も彼女にお金をせびりに来るのだが(もちろん養育費は払わない)、キャバクラで働き始めた優里は「私がたくさんお金を稼いで、性行為を上手にすることができたら、彼は私のところに戻ってくるかしら」と思ったことを書いている。また、「マグロと言われた女性はどうしたらいいの。愛のない相手なら教えてくれるかもしれない」と思い、愛のないセックスをしたことも綴っている。
「自分は誰かに必要とされている」「私の体が求められれば求められるほど、私の存在価値が高くなっていると感じていた」という告白は、多くの女性が若かりし日、あるいは自信を喪失した時に一度は思ったことではないだろうか。
そんな頃に優里が出会ったのが、のちに結愛ちゃんを死に至らしめる雄大だ。彼女が働くキャバクラのボーイ。「東京の大学を出ていて、なぜこんな香川の田舎にいるのか不思議な 」8歳年上の男性。物知りで、家事や育児もしてくれて、政治の話や外国の話を聞かせてくれる頼りになる男。結愛ちゃんの将来のことを真剣に考えてくれて、元夫とは大違い。
16年2月、雄大との間の子の妊娠が発覚し、4月に結婚。これを機に結愛ちゃんは雄大の養子となる。しかし、それから2年も経たないうちに、結愛ちゃんはその短い生涯を終えることになる。
なぜ、結愛ちゃんの命は奪われたのか。本書を読んでいくと、雄大が結愛ちゃんの人生に過剰な期待をかけていたことがわかる。
顔が可愛いからモデルにすると言い出し、痩せるように食事制限する。結愛ちゃんは朝は4時に自らセットした目覚ましで起きて、九九やひらがなの練習をしていたという。約束事を破ると、食事を抜くといったペナルティが科せられた。
雄大はチャートを書いて説教していたという。
〈痩せるのは〇、太るのは×、すごろくの上がりは、モデルになってイケメンの旦那さんに出会える 〉
そして、雄大はよく言っていたそうだ。
〈俺は結愛に幸せになってほしい。俺と同じ辛い思いをさせたくないから俺のすべてを教える〉
この事件を知ってからずっと不思議だったのは、なぜ雄大が、実子でもない結愛ちゃんの「しつけ」「教育」(と本人は思っていただろうがそれは虐待だった)にここまで執拗に、熱心に関わるのかということだった。子どもへの支配や過干渉、過剰な期待を押し付けるという問題は、私にとっては長らく「母親」の問題だったからだ。
しかし、本書の巻末にあるルポライター・杉山春氏の解説によって、その謎の一端が解けた。以下、引用だ。
〈「おれのようになってほしくない」という雄大の言葉から読み取れるのが、彼の自己肯定感の低さだ。雄大の公判では、雄大の両親が不仲であったこと、中学時代の部活でいじめに近いような体験をしていること。雄大自身が大学を卒業した後、就職した会社に不適応を起こしつつ、8年間勤務したことが明かされた。
最後の2年間は、札幌に異動し、毎朝嘔吐をしながら通勤していた。退職後、札幌の繁華街、すすきのに勤務をし、さらに香川県高松市のキャバクラに転職した。この時、「絶望していた」と雄大は語っている。
かつて、男性たちは、就職し、家庭を持って一人前だった。だが、就労状況が流動化するなかで、正規雇用を得られない人たちが増えていく。格差社会が広がる。
雄大は、一旦は大手企業への就職を果たしながら、その地位を剥奪された。「剥奪された男たち」の一人だ。「お前には価値がない」というスティグマ(烙印)を抱えていたのではないか〉
そんな雄大の前に、彼を「物知り」と尊敬のまなざしで見つめる優里が現れる。小さな女の子を連れて。
杉山氏の書く通り、「『笑顔のあふれた幸せな家庭』を作ることが彼のアイデンティティを支えることとなった」のだろう。そうして彼は、「自分が失敗した経験と辛さを結愛に味わってほしくない」と、結愛ちゃんの「しつけ」に邁進する。歯磨きや生活習慣から始まって、字の練習や掛け算。