借金の名目はさまざまだ。飛行機に乗り遅れた。怪我をした。怪我をしたマークの代わりにイタリアに行った友人がお金を盗まれてしまったなどなど。あっという間に600万円ほど貸してしまい、怪しいと思った頃に、マークから13億円を送るという申し出。
もうそこからは、息もつかせぬ怒涛の展開だ。
外交官を名乗る黒人男性が現れたり、家に13億円入り(もちろん入ってない)のキャリーバッグが持ち込まれたり、それが実はコカインだと言われたり、日本に来ると言ったマークがなぜかドバイに行ってしまったり、井出氏に届くはずのお金が韓国系マフィアに強奪されたりと、世界を股にかける展開は「国際ロマンス詐欺といえどもここまでやるか!?」と叫びたくなってくる。いったい、誰が脚本書いてんの? 詐欺師より脚本家に転職した方がいいんじゃないの? とアドバイスしたくなるほどだ。また、マークの紹介によって登場人物はどんどん増えていき、それによって雪だるま式にトラブルも増え、そのたびにお金が必要になる。最終的に井出氏は「長男を出産後に亡くした税関職員の母親」の飛行機代まで請求されるのだから、もう何がなんだかわからない。
しかし、借金やトラブルについて「すまない」と謝るマークを井出氏は許してしまう。
なぜなら、離婚した元夫はどんなにひどいことをしても決して謝らなかったからだ。
浪費癖があり、井出氏がレディースコミックで稼ぎ始めると働かなくなり、次々に女性と関係を持って愛人との間に子どもまでつくったという元夫。それだけでなく、井出氏をもっとも苦しめたのが暴力だった。肋骨を折るほどの怪我を負わされただけでなく、元夫は井出氏と打ち合わせしていただけの担当編集者を殴り、また子どもにも暴力を振るったのだという。結局、夫の作った3000万円ほどの借金を肩代わりすることなどでやっと離婚できたそうだが、このような「酷い男」と暮らしていた経験が、井出氏の「悪人センサー」の感度を落としていたのかもしれない。そう思うと、元夫の罪はあまりにも、重い。
さて、詳しくはぜひ本書を読んでほしいのだが、この原稿を書いている最中、さらにスケールの大きい詐欺のニュースを知った。
今度はドバイどころではない。宇宙版の国際ロマンス詐欺。
ANNニュース「宇宙版『国際ロマンス詐欺』 65歳女性が440万円被害…実在“宇宙飛行士”名乗る人物も」(テレビ朝日、2022年10月10日)によると、被害に遭ったのは滋賀県に住む65歳の女性。「国際宇宙ステーション勤務」という外国人男性と今年6月、インスタグラムで知り合い、「地球に戻るロケット費用」「地球や日本への着陸料」などの名目で女性から440万円を騙し取っていたという。
っていうか、着陸って現金が必要なの? っていうか、NASAとかJAXAとか、なんとかしてやれよ……。頼るなよ、地球への着陸料を滋賀県の女性に。
と、第三者から見れば疑問だらけなのだが、恋は盲目。宇宙ステーション勤務の外国人は、「私が日本に着いたら、結婚してくれませんか。1000回言っても伝わらないけど、言い続ける。愛している」などとメッセージを送ってきていたという。
国際宇宙ステーションから届く、甘い言葉。一言でいって非日常の極みだ。トキメいたんだろうなぁ。じゃなきゃ、440万円も送金しないよなぁ……。
さて、この女性は60代。井出氏は70代。思うにSNSは、詐欺師にとってネット全般にうとい高齢の人々の絶好の「狩り場」になっているのではないか。そう思うと、今すぐ実家の両親に電話したい気持ちだ。
と、ここまで書いて思い出した人がいる。それは17年に亡くなった元赤軍派議長の塩見孝也氏。70年代に「世界同時革命」とかを目指していた人で、なんと亡くなる直前までそれを本気で夢見ていた。ちなみに塩見さんは獄中20年で1989年に出所しているのだが、晩年はシルバー人材センターで駐車場管理員として勤務。職場では同僚に「議長」と呼ばれて人気者だったらしく、ある日、私に「シルバー人材センターユニオンを作りたい」と相談してきた。職場の労働問題を、組合を作って改善したいということだったが、それに続く言葉を聞いて耳を疑った。なんと塩見さんは「そのユニオンを足がかりとして、ゆくゆくは世界同時革命を目指したい」と断言したのだ。平成の終わりに。すでに70代になっていた元赤軍派議長が。
さて、そんな塩見さんがインターネットなるものに接続したらどうなるか。